第18話「縄張り」



「私だって、いつも怒っているわけではないのよ!」



 今日も今日とていつもの放課後、図書室に来た僕を迎えたのは雫のそんなセリフだった。



「雫、どうしたの? なにか嫌な事でもあった?」



 僕はいつもどおり、雫の向い側の席に腰掛けて、雫からお勧めされた超B級ホラー小説『黒革のDEATH NOTE(デスノート)』を読みながらそう問いかけた。



「別に、なんでもないわ!

 た、ただ……

 なんで、貴方以外の生徒は!

 図書室に私がいるだけで、皆逃げるように出て行くのか理由が分からないだけよ!」



 それは怒っているんじゃないだろうか……?


 因みに、この図書室に僕以外の生徒が近づかないのは、


 『図書室は学校一の美少女、清水雫の縄張りであり、放課後の彼女の読書の邪魔をするものは卒業するまで、ぼっちになってしまう』


 ――と言う噂が、ひそかに現在進行形で流れているからだ。


 一体誰がどうしてそんな噂を流し始めたのかは知らないが……


 多分『ぼっち』の僕がこの図書室にいる状況がその噂の信憑性を高めているのだと思う。


 まぁ、被害は雫の評判が悪くなって他の生徒から孤立し、結果的に僕は雫と二人っきりになれるので……


 この噂は雫には黙っておこう。



「べ、別に……私だって皆に好かれたいなんて思ってないわよ!?

 だって、私は『学校一の美少女』なのよ?

 そう、言うなれば他の生徒からしたら『高嶺の花』みたいな存在ね!

 そんな私が気安く一般の生徒から『雫ちゃ~ん』なんて呼ばれてる姿が想像できる?

 できないでしょ!」



 そうだね。雫ちゃん。



「つまり! 今の私の状況は何一つ間違っていないのよ!

 だって『学校一の美少女』っていうのはいうなればアイドルやスターみたいな存在なのよ!

 だからこそ、私もアイドルやスターみたいに皆から声をかけるのも躊躇うような存在であるべきなのよ!」



 まぁ、最近は会えるアイドルとかアイドルの敷居も下がっているみたいだけどね……。


 でも、逆に雫のクラスの皆の敷居は『学校一の美少女』だけど、迂闊に声をかけると死ぬほど冷たい目で睨まれて、その上最近では『ぼっち』にもなるっていうアイドルどころか、メデューサ?


 みたいな評判になりつつあるんだけどね。


 うむ……。


 しかし、昼に学食で『しょうが鍋定食』なんてメニューを食べたせいなのか体がやけにポカポカして眠い……。


 ヤバイ、このまま雫のラジオみたいにどうでもいい話を聞いてたら、寝て……


 しまいそうで――、



「それでも、私も『人間』だから!

 時には誰かとその日の事を話したりしたい気持ちもあるのよ!

 そう、例えば……昨日読んだB級ホラー小説とか?

 今、貴方が読んでいる本の感想とか――

 って……あれ?

 あ、歩……?」


「zzZZ……」


「何よ! 歩ってば!

 私にばっかり話させておいて自分はクースカピー♪ って、爆睡中とはどういうことよ!

 もしかして、私の話は地方のラジオ並みにどうでも良くて子守唄にピッタリとでもいいたいのかしら!?」


「……zZZ」


「うぅ……もう!

 そんなところで寝て風邪でも引いたら私の話を誰が聞くのよ!

 だ、だから……

 これは、仕方なく私のひざ掛けをかけてあげるだけなんだからね……?」



 何故かその日、僕はやけ気持ちよく眠れた。


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