第45話 恥じらい

会社員にとって唯一の休みである土曜日、日曜日ともに何かの予定につぶされてしまったとき。次の週は確実に憂鬱ゆううつな一週間になる。と、実感していた。

そう、ひなたと出会う前は。


「いい天気ですねー」

「テニス日和だよね」

「そうなんですよ!いやー、ほんと良かった。荷物番の人も見つかったし」


あかりさんは満面の笑顔を顔に浮かべている。


要件を事前に聞くと、手伝ってくれって言っても、ほとんどの俺たちの役割は大会中のみんなの荷物を見ていて欲しいと言うことだけで、それ以外は好きにしていてくれと言っていたから、ひなたに付いてきてほしいと頼まれたのだ。


「まあ、大輔さんは来ても来なくてもよかったんですけどね!」

「失礼か」


俺が突っ込むと、あかりさんはにしし、と無邪気に笑った


襟付えりつきのシャツに、ミニスカートを履いたあかりさんはまさにテニスをする人という感じで、この前ひなたの家に来たときとはだいぶ雰囲気が違った。


「あ、時間だ。じゃあ、行ってくる!」

「うん、頑張って」

「頑張ってね、あかりさん」

「はい!」


そういうと、あかりさんはどこかへ行ってしまった。



「今日は暑いですねー」

「だねー」


麦わら帽子を被って夏っぽさを出しているひなたは水をの飲みながら呟く。

夏が終わっても、日中の暑さは夏とさほど変わらず、しばらくブルーシートの上に座っているだけで汗が吹き出してくる。


「飲みます?」

「えっ」


ひなたはそう言うと、さっきまで自分が飲んでいた水の入ったペットボトルをこちらに向ける。

無意識にゴクリと唾を飲んだ


「あ、ありがとう」


ペットボトルに口をつけ飲みながら、色々な考えが脳を回る。

付き合いが長くなったから気にしなくなった?そもそも間接キスとか気にしない人なの?

俺は結局ペットボトルの水を大半飲みほし、申し訳なさそうにしてひなたに返した


「はい」

「けっこう飲みましたね。喉乾いてます?」

「え、いや、そうじゃなくて…」


俺は意を決して言ってみる


「こういう感じの、気にしないの?」

「こういう感じって?……あ、間接キス」


俺がペットボトルの口を指さすと、ひなたはなるほど、と言いながらペットボトルを取り残りの水を飲み干した。


「まぁ、ほら……最初の方は気にしてたけど」


ひなたは水を全部飲み干すと、ぽつりぽつりと言葉を漏らした


「でももう、間接じゃない方も……してるから。特にいいのかなって」

「っ……あー、なるほどね……」

「は、はい……」


それを聞いて、胸が甘く締め付けられる。

春から今までの間、色々あったなと実感した。


「わ、私、飲み物買ってくるね」

「いや、俺が行くよ!」

「え、あ……」


俺はひなたが何か言う前に自分の財布を持って、自動販売機に向かった。


コート外にも観戦者や待機中の選手も多く、俺はその人込みをかき分けながら一人進んでいく。


やっとついて自動販売機を見ると、予想はしていたが、ほぼ全部の飲み物が売り切れていた。

ただ一つ残っている水のボタンを発見し、すぐに俺はお金を入れて ボタンを押す。

取り出し口から出てきた水を取り、ひなたの分を買おうともう一度お金を入れようとした。


「あ……」


今買った水で最後だった。


しょうがないからこれをひなたの分にして、自分のは何とかしようとブルーシートへ戻っていった。

俺は歩きながら、さっきの一幕を思い出す。

間接キスを指摘されて、恥ずかしがったのは一瞬で、そのあとは特に何もないといった様子だったひなた。


「確かに動揺する事でもないのか……」


自分で言うのはあれだが、俺は女性経験の少なさから、自分の純情さには自信がある。

ここらで、大人になっておかなければ。


「ねぇ、君何大なの?かわいいね!」

「え、あ、ありがとうございます」


考えながら、ちょうどブルーシートに戻った時。

俺はひなたが他の男と話している場面に遭遇する。

男はテニスウェアを着ていて、たぶん選手だろう。ひなたの反応から察するに、ナンパ以外考えられなかった。


俺はそんな現場に出会ったことがなかったからどうすればいいかわからなかったから、とりあえずできる限り相手を睨むような目で、奴に話しかけた。


「大会終わったらさ、どこか……」

「すいません、どちら様ですか?」

「……え?あ、えっと……」


俺が話しかけると、男は返事に困ったように周りに視線を泳がせ


「すいませんでした!お父様!」

「誰がお父様じゃ!」


そのまま俺の突っ込みに返事をすることなく走ってどこかへ行ってしまった。


「あ、ありがとうございます」

「いいよ、なにかされたか?」

「いや、何も……ふふっ」

「何か変だった?」

「いやだって。お父様ーって。ふふっ、そんなに歳離れてないのに」

「俺が老けすぎかもね」

「そんなことない!全然そんなこと思わないよ」


ひなたの必死な訴えに対し、俺は自虐をやめた。


「あ、それでさ」

「はい?」

「飲み物、一個買ったら売り切れちゃった」


俺はひなたに水を差し出す


「これはひなたが飲んでよ」

「うーん……じゃあ、もう二人で飲みましょうよ」

「あー了解」


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