第44話 回想

「むふふ……」


夏休みも終わり、秋学期の授業が今日から始まった私は、2限の授業を受けながら我ながら気持ち悪い声を出して笑ってしまう。


大学の講堂には人が席半分くらい埋まるくらいで、この授業は教授が寛容で私語を気にしない人なので、周りの話し声が私のキモい笑い声をかき消してくれる。


私の視線の先には、教授の板書……ではなく、右手にはめられた指輪。

この指輪を見ていると、この前の幸せな出来事が忘れられずに何度も頭で再生される。



『ひなたさ、俺に誕生日伝え忘れてたよね』


私が実家から帰ってきたあの日、私は大輔さんにそう言われ、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。やってしまった……と言いながら地面に倒れたい衝動を抑えて全力で謝罪した。


『ごめんなさい!伝えるの忘れてました……』

『全然大丈夫だよ、ちゃんと気づいたから』


そんなこと気にしないと言わん様な大人な笑顔を浮かべた大輔さん。

大人の余裕を見せた大輔さんはサプライズでケーキを買ってきてくれていたのだ。


『ほら、だから今お祝いしよう』


そしてこのセリフ。はあ、かっこいい……!

私的にはそれだけで卒倒するほど嬉しいのだが、大輔さんはそれをはるかに上回るサプライズをくれた。


『それで、俺からもプレゼントがあるんだけど』


目の前に差し出される小さな箱。

妙に高級感が漂っているそれを私は開けると、そこには指輪が入っていて。


『もうちょっと、その……プロポーズっぽく、お願いします』


私ははしゃぎたい気持ちを抑えながら大輔さんに無茶ぶりをすると、大輔さんは滅茶苦茶に乗り気な様子で私の提案に応じてくれた。


大輔さんが顔を真っ赤にしながら私の前に膝をついて座って、私の手に指輪をはめる……それは私の思い浮かべるプロポーズ現場そのままだった。



「はあ……!」

「ちょっと、ひなたさっきからうるさい」


私がそこまで考えて幸せな気持ちに耐えきれずに前に倒れこむと、隣でスマホをポチポチ弄っていたあかりに注意されてしまった。


「う、ごめん……」

「なんだー?どうせまたその指輪のことを考えてたんだろ?」

「ま、まぁ……すいません」

「いや、謝られても」


あかりは困ったような笑みを浮かべ。私にやさしい視線を送りながら言ってくれた。


「でもよかったじゃん。そんなもの渡すなんて、大輔さんも本気なんだね。」

「えへへ、そうかな……」


私はだらしなく頬を緩ませ、指輪を見つめる。

指輪は鮮やかに銀色に光を反射し、私のだらしなくなった顔を映した。


……うん、ちょっとキモ過ぎたかも。もうやめとこ



私は倒れこんでいた姿勢を直し、まじめに講義を聞こうと頬をぺちぺちと叩いた。


「え、あぁ……まじか……ちょっと、ひなたさん」


私が気合を入れていると、あかりはスマホを見ながら苦しそうな声を出し、私の方を見て二の腕あたりをつんつんしてきた。

いつもは見ないあかりの申し訳なさそうな顔に違和感を覚える。


「ひなたって次の土日、空いてる?」

「うん?空いてるけど……?」


そういうと、あかりは申し訳なさそうに顔の前でペチン!と音が鳴るくらいに手を合わせてきた


「ごめん、今度の土日、サークルの練習手伝ってくれない?」





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