第43話 再戦

三連休明けの火曜日。

俺はひなたと過ごした三日間をフィードバックしながら頬を緩ませ、仕事への憂鬱さをごまかしていく


「おはようございまーす」


俺はすでに出勤している人たちに挨拶を投げる。

すでにいる社員たちは眠そうな声で「おはようございます」とぽつぽつ返事を返してくれた。


「おはよう」

「おう、おはよう大輔。……お?おお?」


俺は席に着くと隣の剛に挨拶する。

すると剛はこちらを見て、視線を手元あたりに向け、あることに気が付いたように声を上げる。

理由はわかっていた。


「おい、大輔」

「なんだ」

「披露宴くらい呼べよ。親友のスピーチも考えてたのに」

「そんなもん考えてたのか!……ていうか、これは違う」


俺は剛に右手の薬指に付いた指輪の説明をする。


そう、俺も仕事では外そうと決めていたのだ。

でも、朝出勤するときに俺は指輪を外そうとしたときに、


『外すんですか……?』


と、涙目で見つめられてしまったため、外そうにも外せなかった。

俺が指輪を外さないで行くことを決めた時のひなたの笑顔を思い浮かべると……なかなか、今日一日頑張ろうと思えるほどに可愛かった。


俺は要約しながら今朝の出来事を説明し終わると、剛はなんだー、そうかーとぐったりしながら剛は椅子にもたれかかる。


「ようやく結婚したのかと」

「いや、付き合って何カ月だよ、早すぎるわ」

「やっぱりいい指輪ですね」

「うおっ」


いきなり後ろから声を掛けられ、俺は驚いて後ろを振り向く。

そこには、この三連休で実家に帰っていたらしい榊原の姿があった。

いつも通りのスーツを着て、感情の読み取れない真顔でこちらを見上げている。


「お前、実家はどうだったんだ?」

「そりゃもう、……楽しかったですよ」


榊原は聞かれると、何かを思い返しながら、落ち着いた笑みをこちらに向けてきた。

その大人っぽい笑みに、今までは見なかった榊原を見たような気がした。

一瞬違和感を感じるが、すぐに剛に話題を戻された。


「やっぱりって愛ちゃん指輪のこと知ってたの?」

「えーだって先輩、私にプレゼント探し手伝わせた上に、指輪の採寸までさせたんですよ?」

「えっ、二人で?」

「まあ、そうだけど……」

「採寸まで……?」

「おい、お前なあ……」


俺はとっさに呆れながら榊原を諫めようとしたが、その前に榊原が上目遣い気味にこちらを見ながら言う


「私がひなたちゃんと手を合わせてじゃれているとき、ひなたちゃんと手の大きさほぼ一緒だったんですよ。それを伝えたら、じゃあ榊原が代わりに測ってくれって」

「そうなのか?」

「まあ、そうだけどさ……」


俺が言い淀んでいると、榊原がずいっと背伸びをして、俺の目の前まで顔を寄せた。


「だって本当の事じゃないですか。私、もしかして私がプロポーズされるかもしれないって、ちょっとドキドキしてたんですから」


「……っ」


俺の顔の近い距離で悪戯めいた笑みを浮かべた榊原に、俺は気圧されて返事を返すことができなかった。


「じゃあ、今日の朝礼始めまーす」

「あ、じゃあ先輩たち、今日も頑張りましょうね」


俺が返事に困っていると、朝礼が始まり榊原に返事をすることができなかった。


「愛ちゃん、なんかちょっと変わったな?なんか自信がある顔だね」

「ああ……」


肯定しながら、俺は上の空になっていた。


俺はあいつとの距離感に押されながら、なぜだか、榊原の大人っぽい笑顔に胸がざわついた。


「……あいつ、変わったな」

「……お?」

「なんだよ」

「いやー?別にー?」


剛は俺の顔を見ながら、にやにやとしながら言う。


「今まではひなたちゃんの一人勝ちだって思ってたけど、意外とそうじゃないのかもなあってさ」

「なんだよ……それ」

「だって、そんなどきどきしたような顔しながらそんなこと言うなんて……ねぇ?」


俺はどうやらどきどきしている顔をしているらしい。






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