第42話 帰宅
三連休の二日目はあっという間に過ぎていった。
私が八百屋の手伝いをしていると、私が帰ってきたという事が一日目で近所まで知れ渡り、たくさんの人たちが私を訪ねてきてくれた事は本当にうれしかった。
いつまでも変わらない人たちの笑顔を見ると、心の底から帰ってきてよかったと思える。
母はいつもより多いお客さんを前に汗を額に浮かべつつも、
「いやあ、やっぱりあいがいると集客力が違うわね。さすが看板娘!」
そういってほくほく顔を私に向けてきた。
その日は閉店間際までお客さん、もとい私の知り合い達の来店が途切れることがなかった
「愛ちゃん、大きくなったわねぇ!」
「栄おばあちゃん!うん!もうこんなに大きくなりました!」
「またうちに果物食べに来てね」
「はい!絶対行きます」
「おっ、あいいるじゃん!おひさ!」
「お、仁じゃん。お前彼女できたんかー?」
「残念だったな、すでに妻子持ち一家の大黒柱だぜ!」
「まじ?」
「疑うのか!?……ほら見ろ!こっちが嫁さんで、こっちが子供だ」
「え、まって!これって真由美!?あのまま結婚までいったの!」
「そうだよ!今度まゆ連れてまた来るわ!惚気聞かせてやるよ」
たくさんの人が私に話しかけてくれる。私はその一人一人との思い出を思い出しながら話していく。一日アイドル気分だ。
気が付けば常に私の頬が持ち上がっている。
一人暮らしのワンルームの中では決してできない事だった。
ここが私の故郷なのだと、頬が痛くなるほど感じた。
そして三日目。
私は昼の電車に乗ることになっていた。
昨日と同じでエプロン姿で手伝いをしていると、母が話しかけてきた
「もう行っちゃうのね。次帰ってくるのは冬かしら?」
「どうだろうね、今年は結構大変だから、来年になるかも……」
「そう」
母はそういうと私の頭をいきなりぽん、と手を置いてきた
「え、なに……?」
「辛かったら、またいつでも帰ってきなさいよ」
「……うん」
やはり母には私の悩み事なんて筒抜けだったのかもしれない。
私は思い出の秘密基地を後にする。次会えるのは冬か、来年か。
私は荷物を持ってそのまま階段を降り、自分の靴を履いて外に出る。
店の中を通り過ぎるときに、レジの奥、椅子に座っている父と会う。
「お父さーん」
「おう、帰るのか」
父はゆっくりとこちらを見ると、やわらかい笑みを私に向けてきた。
「また帰って来いよ」
「うん、絶対に」
そして父はこちらから視線を外すと、私と目を合わせることなくぼそっと呟いた。
「あいが、八百屋を継いでくれたらな……」
「……」
今まで私に何も言ってこなかった父が、初めて私に自分の考えを話した瞬間である。私は一瞬何を言ってるのか理解できず、そのままその場に立ちつくしてしまう。
そしてしばらく考えて、私は父ににっこり微笑みかけながら伝える。
「まあ、仕事辞めたくなったら考えるよ」
「ああ、頼んだ」
この三日間、父はレジの奥にある椅子から動いていないように見えた。
そして立ち上がろうとするたびに、辛そうに顔を苦しそうに歪めるのだった。
昔見せていた力強くたくましい父の姿を見れるのも、あと少しなのかも。
「次やっぱり冬に帰るかな」
「あんまり無理して帰ってこなくてもいいぞ」
「帰ってきたいの。ここに」
「そうか」
父はそれだけ言って、ゆっくりと立ち上がる。やはり顔を歪ませながら。
「送るよ、駅まで」
「うん。ありがと」
それから母に店番を頼み、父と駅まで歩く。
駅前は初日に来た時と同じくらいの人の量で埋め尽くされていた。
私は人が多くなる前に父と別れを告げた。
「ここまででいいよ。ありがと本当に」
「ああ、がんばれよ」
私はその言葉に思いっきりの笑みを返し、駅の入口まで歩いた
「たくましくなったな」
数歩歩いて、背後から父の声が聞こえてきた。
そう、私は強くなった。
過去の後悔も、臆病も。幼馴染の温かい笑顔が、両親のやさしさが私をいつでも迎えてくれるとわかったから。
私は電車に乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます