第17話 夏の初めに

「で、ひなたはどこ行きたいの?」


講義を終えて、あかりと昼食を食べるために大学内のラウンジに来ていた。

大輔さんの仕事の兼ね合いも考えて、あまり被らない日程にしたい。


「私はどこでもいいよ」

「ひなたは消極的だなー、じゃあじゃあ、北海道とかどうよ?」

「えー、北海道って冬に行く所じゃないの?」

「ふっふっふ、甘いなー!夏にこそ見れる景色とかあるんだよー!ほら、これ見てみ」


差し出されたスマートフォンには夏の北海道の見どころを集めたページが開かれていた。

画面には、定番のツアースポットや、恋人用、家族用など様々な人に向けて場所が分けられていた。


「へぇ、こんなにあるんだ」

「そーだよ!だから行こーよ、北海道!」

「えー……お金足りるかなぁ」


たぶん大輔さんとの旅行も遠出になるし、と、泊まりとかすることも考えると……


「お?どしたんいきなり顔赤くして」

「なっ、なんでもない!」


自分でも感じるくらいに顔を熱くしてしまう。


「まぁたしかにひなたはバイトダメだもんねー」

「うん……近場にしようよ」

「そうだねー……あ、じゃあ無難に夢の国とかどーすか!」

「お、いいね、それ」

「ここからだったら車でも行けるし、安く済む!決定やね」

「まぁ北海道はまた来年とか行けたらいいね」

「だね!楽しみにしとく!」


午後の講義を終えて、あかりとは解散し、家に一旦帰り、電車に乗って少し大きいショッピングモールに行くことにした。


夕方のショッピングモールは、学校終わりの小学生や夕食の買い物に来た主婦など、活気に満ちている。


大輔さんの分まで夕食の具材を買おうと、食品コーナーに向かおうとしたその時。


「あの……すいません」


レジコーナーを過ぎたあたりで、声をかけられる。女性の声で、その声は震えている。


「はい……?」


振り返ると、想像してたより小柄な体型で、顔も高校生くらい幼く、なのにスーツを着ている女の人だった。


「財布……どこかで落としたみたいで。今日の晩御飯分のお金貸して頂けませんか」

「え、大丈夫ですか……」


言葉だけでは相手をいたわりながらも、心の中では彼女に対する不信感は増す。

最近ではそのままお金を返さずに逃げられる

ケースも珍しくはない。

しかし彼女の表情からして、嘘をついているようには見えない。


悩んだ末に、出した結論が


「じゃあ今日はうちに来て一緒にご飯食べませんか?お金は後日返してください」


あくまでも声は拒絶気味に、それでもその人のことが心配だったから、断りきることが出来なかった。

それに、うちに来るという条件なら騙す目的なら断るだろう。


「え……いいんですか!」


提案を受けた彼女は、目には涙を溜めたまま、驚いたように目を見開く。


「いいですよ、でももう2人分の食材もお願いします」

「もちろんです……!ありがとうございます!」


彼女の持っている買い物かごを見ると、レンジで温めるタイプのパックご飯と、レトルトカレーが入っていた。

きっと家では1人でご飯を食べているのだろう。


「私、堺っていいます。それでは行きましょうか」

「はい!私榊原と言います!ほんとにありがとうございます!」


榊原。その名前に違和感を覚えながらも、彼女と晩御飯の準備をすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る