第12話 榊原

「えー!じゃあほんとにあの女子大生と付き合ったのかよ」

「うん……まぁな」

「すげーな、おめでとう!」


普通に話したらドン引きされるような内容でも、剛は引くどころか祝ってくれた


「大学生と付き合ってもいいのかな?」

「いいんじゃないか?お互い了承してるし」

「そっか……」


少しだけほっとしていたら、榊原が出勤してくる。榊原はこちらを見ると、顔を赤くしながらちょこちょことこちらによってきて


「あ、あの……」

「おう、おはよう」

「そうじゃなくて……昨日は……その、すいませんでした、私、お酒飲みすぎて……」


照れながら小声での謝罪に、一瞬なんのことか分からなかったが、ひなたと付き合う前の出来事を思い出して、大体のことを思い出した。


「あぁあれな、いいよまた飲みに行こうぜ 」

「あぁ……よかった、はい!行きましょう」


安心の色を浮かべて、だんだんと通常の榊原に戻っていき、こちらまで安心していた時。


「おーい、なんだ?大輔、もう浮気かー?」


へらへらと笑いながら冗談のつもりで声をかけたのだろうか、しかしそれを聞いた榊原は何の話か分からないから、自然と聞き返してしまう。


「え?浮気って、先輩彼女いないじゃないですか」

「それがさー、出来たんだってよ、この前の女子大生」

「おいそんな……」


言いふらすなよ。と返そうとして榊原の顔を見て、言葉を止めてしまう。


榊原は、泣きそうな顔をしていて、でもその涙には気が付かないまま、剛の言葉を理解しきれないという顔をしていた。

榊原は泣きそうな目をしながら、訴えてくる。


「え……嘘ですよね、先輩……?」

「あ、いや……」

「はーい、朝のミーティングはじめまーす」


泣いている理由すら分からないまま、朝の会話はそこで途切れてしまった。


なぜ泣いていたのか、それがわからなくて、お昼になって榊原とお昼を食べようと榊原のデスクに向かった。


「おーい、榊原!お昼食べよう」

「今日は外で食べてくるので、ごめんなさい」

俯いたまま目も合わせず、榊原は走って外に出ていってしまった。




そのまま榊原とは昼は話さずに、定時を迎えた。


「それじゃあ大輔、帰るわ」

「おう、じゃあな」


仕事を終えた人は少しずつ帰り支度を始めている。

俺はいつもこのタイミングで榊原のデスクに残りを手伝いに行くのだが、今日はいつもと違うことに気がつく。


榊原はデスクにいなくて、仕事はきちんと終わっていて。榊原はもう帰宅していた。

いつ帰ったのか分からないまま、ほかの後輩の仕事を確認し、モヤモヤと榊原のことを考えながら帰宅した。



今日は早く帰れたから、近所のスーパーでなにか買おうかななんて思いながら、最寄りの駅について自分のアパートを通りすぎたところで、こちらに向かって来る人が小走りをはじめて、それがひなただと気づいた時には俺の前に呼吸を荒くして止まっていた。


「えっ、ひなた!?」

「大輔さん!今日早いですね」

「うん、今日は定時だからね」

「じゃあ今から2人で買い物に行きませんか?」

「ちょうど俺が行くところだったよ、行こうか」

「はい!」


何年前かに最後に訪れたスーパーは、形はそのままで、何故か懐かしさが込み上げてくる。


「今日は何買うの?」

「今日は大輔さんもいるので、カレーとか作ってみたいです」

「じゃあ俺も手伝うよ、何入れよっか」

「うちはシーフードとか入ってましたよ!」

「いいね、それ、じゃあひなたのカレーにしよっか」

「えへへ、はい!」


ゆったりと流れる、幸せな時間。

欲しかった時間だったし、実際本当に幸せなのだけれども。

たまに頭に浮かぶ涙目の後輩の顔が、どうしても忘れられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る