中. ウェストテール公領

 短いトンネルを抜けるとすぐに汽車は狭い谷間を抜け始めた。これを抜けて畑を望むようになると、じきに駅に着く。

 町中の人が私を出迎えてくれるのだろうか。何十年かぶりに故郷から医者が誕生する。駅が近づくにつれ、先ほどの不安とは裏腹に、なぜか心が躍ってきていた。

 そんな人込みから、弟を探し出すのは難しいと思う。唯一の親族だから、もしかしたら首長と一緒に、ホームの最前列で待っていてくれているかもしれない。来ていてくれれば、だが。


 そんな淡い期待は、ふと目を移した客車内の様子を見て、ゆっくりと冷めて行った。

 昼間にもかかわらず、二等車の中はがらんとしていて、自分以外の客はいない。そんな様子から察すれば、三等車の様子を除く気にはならなかった。そもそも、とても著名な、高貴な人が乗らない限り、一等車両のつかない汽車だ。あれだけ祝報で褒めちぎっておいて、迎えの人っ子ひとり送ってこなかった上に、汽車の切符は二等車の座席番号。まあ、公爵家お取りつぶし後にウェストテール領となった今は、一人の町医師ごときでは、二等車両切符で精一杯だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、いつの間にか渓谷を抜け、窓の外に田園風景がひろがった。私は小さくため息をついて、山の裾野まで広がる田園を目に移しながら、町を出た日のことを少し思い出した。

 

 ちょうど三等車車両の反対側に座って、同じ風景を見ていたと思う。季節はもう少し暖かくなっていたが、この田舎の風景だけは、故国を出たその時から変わっていなかった。


 駅について早々、私の浮かれた気持ちは裏切られることなく、たくさんの人が集まっていた。老若男女、首長から農夫まで、たくさんの人が私の姿を見ようと、背伸びをして押し合っていたが、先頭には数人の制服を着た警官が空間を作り、私が汽車から降りるスペースを作ってくれていた。

 二十年前に私を見送ってくれた首長は、白髪は増えたものの相変わらず腹にでっぷりと脂肪を抱え、老眼鏡だろうメガネは顔にめっこり埋まっていた。

 

 首長との形式的な挨拶を済まし、ホームに詰め合う人だかりに視線を回しながら駅を抜けると、あらかじめ用意された車に乗り込んだ。

 

 あまりよく見えなかったが、弟の姿は見られなかった。

 

 もう二十年もあっていないから、きっと容姿は変わっているに違いないが、私の頭の中からは、町を出る際に駅で送ってくれた少年の姿の弟の姿がどうしても消えなかった。

 私は田舎人らしいおっとりした運転手に、無理を言って、少しだけ、予定の行き先から道を外れてもらった。運転手は隣に座る首長の様子をうかがってから、はい、とだけ返事をした。

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