十.それしか残されていないのだから

マークが膝を折り身を屈める。

見慣れた予備動作だ。

ドリは受け止めるほかない。

大上段に構える。

マークの性格上、リィズを巻き込むような真似はしない。


マークが地を蹴る。

低く強く跳躍した彼はその一歩で一気に距離を詰め、ドリの腹に爪を食い込ませようとかかる。

衝突。

右腕を両腕で掴んで止めたドリの頭とマークの頭がぶつかり合い、せめぎ合う。


「いい、面構えに、なったなぁっ!」


ドリの顔の傷を指して嬉しそうに無駄口を叩く。


鉤爪は紙一重の所で鳩尾の布を裂いた。

双方筋骨隆々。

体重を載せられる分、ドリに軍配が上がった。

ふ、と落ちた頭を追いかけ、もう一発頭突きを叩き込む。

浮いた顎。

膝で砕こうとして、内から肘で弾かれる。


「ぐっ……!!」


右。

鎖骨の下を引き裂かれる。

太い血管から血が吹き出す。

肉を貫き抉るほどの深手にはならなかった。

マークは同胞の血を纏った鉤爪を風切り振って、血糊を払う。


「……なんてぇ顔、してやがる。

 “切り裂き虎”なら、慣れたもんだろうが」

「こっちの台詞だ、若造」

「……あぁ」


ドリに自覚はなかった。

向かい合う二人は、お互いが苦しげに表情を歪ませている。

痛みからか。

否。

感傷だ。

人間を人間足らしめる情動が彼らを苦しめる。

悪党まみれの街で人を騙しては傷付け、裏切り裏切られ、それでも尚彼らは血も涙も流すことの出来る人間のままだった。


「甘ったれてんじゃあねぇぞ、坊主。

 長の側近の連中にもとどめを刺しときゃよかったのによ」

「必要ねぇ」

「それが甘ぇってんだ。現にこうして追っ手がかかってるのがいい証拠だ。

 お前だけじゃない。お嬢も危険に晒してる。それでも、必要なかったか」

「ああ」

「そうか。……ああ。そうだな。

 やっぱりあいつの息子だよ、お前は」


だから死んだのだと言外に告げられたドリの血がざわりと騒ぐ。

手の内を知られているのはこちらも同じだ。

知ったことか。

傷から血が吹き出す。


「しゃあぁっ!!」


ドリの右拳が風鳴りのように唸る。

得物に飛び掛かる蛇。

瞬く間に相手の鳩尾を突く。

すんでの所で腕を掴まれ、衝撃が

弱まり、致命傷には至らない。


「げ、がっ」

「何、加減してやがる!半端してんじゃあねぇ!!」


ぐいと力任せに引き寄せられ、どてっ腹を蹴りつけられる。

伸びきったマークの膝。

まともに入った。

骨が軋む。

息が出来ず、視界がチカチカと明滅する。

地面に転がされ、頭を踏みつけられた。


「もう、終いか。そんなもんか?あぁ?」

(終わって、たまるか)


血と砂の味がする口内で呟く。

だって、生かされたのだ。

託されたのだ。

もしもの事があればリィズと逃げろ、頼むぞと、他でもない男に、頼まれた。

終わるわけにはいかない。

終われるわけがない。


託された願いを叶えるならば、かつての同胞を殺してでも、前へ進まねばならない。


額を、ぐぐ、と土に押し付ける。

ざりざり、ぶちぶちと草ごと地を引き裂く。

踏みにじってくる足を捕まえ、引き込んだ。

バランスを崩した所へ片手に握り込んでいた砂利を顔面めがけ撒き散らすが防がれる。

右眉の傷口が開き、ずきずきと痛む。


「ふ、くあぁっ……!」

「終いだ、ドリ……!!」

「来いやぁあ、マーク!!」


片膝を立てて荒く息をついた所へ、頬肉も鼻柱もまとめて削ぐように、虎の爪が横薙ぎに切りつけてくる。

右腕で肘から剃り上げるように受け流し、蹴りつける。

足を払う。

浮いた身体。

がら空きの頭。

無意識の躊躇。

感傷。

棄てろ。

拳を鈍らせるそれは、要らない。

横っ面を殴り付け、顎を突き上げ、回し蹴りを浴びせ、


「くたばんなぁっ!!」


腰の回転をきかせ渾身の力を込めた蛇の左拳が、虎の胸を貫いた。

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