四.喧嘩未満

「誰が、仕掛けろ、つった?え?」

「じょーきょーはんだん!」


ビキビキと歯を見せ凶悪に笑いながらも怒り心頭のドリに対し悪びれる様子のないリィズ。

まずは一仕事終えたといった風に頭巾の中で鼻息を鳴らしている。


「洒落くせぇ」


目立つような真似はしたくなかった。

が、やってしまったものは致し方がない。

今からでも無駄は省く。

手短に終わらせる。

彼も、側頭部を短く刈り上げた銀髪にがさついた外套を被せた。

役人らしき若者を捨て置き、のしのしと足音高く二人の方へ向かってくる頭を剃り上げたゴロツキ。


「行くよドリ」

「テメエは引っ込んでろ」


二人、踏み出す。

既に通行人の注視を集めているが往来での喧騒は避けるべきだ。

こういう面倒事は普通、みんな避けて通るものなのだ。

根っからの戦闘狂かよっぽどのお人好しでもなければ視線を向けようともせず通りすぎる。

誰も好き好んで痛みを求めない。

誰もとばっちりを受けたくはない。


接敵。

その横を、地を蹴った小さな影が通り過ぎる。


「おー、おっさんよぉ、コラァ!どんなしつけしてやガボッ!?」


脳が足りていなさそうな大声を張り上げて威嚇してくる男のやかましい口を顎の骨ごと右手で鷲掴む。


「るせェなぁ……」


口を塞がれても尚ぎゃあぎゃあとやかましいわめき声はただでさえ苛ついているドリには逆効果でしかない。

ぎりぎりと締め上げながら建物の影を目指す。

持ち手のついた荷物を運ぶ要領。

男はドリの手を引き剥がそうともがくが、引きずられていくばかりで何の意味もない。

腕や手を殴り付けてくるのが鬱陶しい。

そのままぐぐっと持ち上げて軽い頭突きをごつんとひとつくれてやると、鼻から口から血を流しながらあわあわと言うだけになった。

雑魚が。

遅まきに乗ってこようとした興をすぐさま殺がれ、掃き捨てられる。


先を行くリィズの前に、残り二人の男がにやにやと立ち塞がった。


「なんだぁ、このガキ?ナメた真似してくれやがって」

「帰って家畜の番でもしてろよ……うげっ!?」


腰を屈め覗き込んでくる眉なしの男の鼻柱目掛けて、行きすがら手のひらに握り締めていた砂を撒いてやる。

頭巾の下の顔はにこりともしない。

冷たくも温かくもない無温。

状況を正しく認識しようと努める二つの眼、二つの耳朶、肌膚の感覚、思考。


「てめぇっ!」


何が目的かは知らないが仲間を良いように扱う“ガキ”にカッとなり横っ面を殴り付けようとする短髪の男。

ひょいとかわして、勢いづいたその背中を小さな足が蹴りつける。

石積に正面から顔をぶつける短髪。


「ゴラァ!」


片目はもろに砂を食らって開かない。

頭を外套越しに掴もうとかかる眉なしだったが、ふわ、と布はたわんで、掴んだのは空のみだった。


「おぶっ」


身を屈め懐にするりと入り込んだリィズの膝のバネを思い切りきかせた脳天頭突きをどてっ腹に食らう羽目になる。

当たり所が悪かったらしい短髪は目を回し、ずるずると肩口から地面に倒れ込む。

無様に尻を突き出した格好が滑稽だが、攻め手の二人は笑いもしない。


小勢の自分に必要なのは手数だと幼いながら彼女は理解していた。

ドリのように上背も体重もなければ拳や蹴りに乗る力も弱い。

衝撃に鈍く痛む頭をさすさす擦り、両拳を小指から握り直し小さく構える。

その小さな背を、追い付いた男の膝が、とす、と軽く蹴りつけた。


「わわ」


よろめいた少女の表情が緩む。

意識を眼前にばかり向けすぎていた。


「すっこんでろっつったろーが」

「二人でやった方が早いでしょ」

「どうだかな」


短く軽口を叩き合う二人に口を挟む隙を見出だしたのか、


「お、おっさん達もよぉ、大方、この羽振りの良さそうな坊主の持ち物が目当てなんだろ?」


右手に掴んだままの剃髪の男がだらだらと血を流しつつもめげずに騒ぎ出すと、眉なしの男も同調する。

このままでは全員潰されるとようやく察したのだろう。


「そうだ、財布ならほれ、ここに。

 もう頂いたんだ、山分けしようじゃねえか、な?」

「本国のカネがたんまりだ。一等いい船に乗ったって渡し賃もチャラだろうよ。

 へへっ、仲良くやろうや、なっ?なぁあ?」


ドリもリィズも、思い出す。

ーー弱い奴ほど群れるし、よく喋るよな。


「……オヤジが言ってた通りだろ」

「ん」


ーー殴れ。蹴れ。引き倒せ。

使えるものは何でもいいから全部使え。

敵わないと見るなら逃げてもいい。

隙を狙え。

一挙一動、息のひとつも見逃すな。

いいな、ドリ、リィズ。

やる時は徹底的にやれ。

喧嘩ってのは、そうやるもんだーー


(そうさ。そうだよなあ、オヤジ)


ドリの喉の奥で、くぐもった笑い声がした。

面白くもなんともない筈なのにどうしてだろうかとリィズが首を傾げる。

突如現れたこの恐ろしい男が小さくも笑い声を漏らした事に状況が好転したと勘違いしたのか、二人の男は口角をひきつらせたまま、また笑う。


「ひへ、へっ、へへへ……?」


ゆら。

そこいらの大人に比べ異常に発育の良いドリの大きな影が、眉なしの男から大日を隠すように動く。

目の前のモノに何の感情も抱いていない、黒い瞳。

ぽっかりと空いた穴のよう。


「へ、」


ドグシャ。

一人は後頭部を地面に叩きつけられ。

一人は媚を売る顔面を靴底で蹴り抜かれ。

興味をなくしたドリが下衣についた砂ぼこりをぱっぱと払う。

しっかと腕を組み仁王立ちしたリィズは口をへの字にして、大音声にて呼ばわった。


「ドリはおっさんじゃないっ!」

(くだらねぇ)


既に三人事切れている。

村の物陰の喧騒は、静かになった。

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