第18話

 

 初めての柔道観戦が、まさかこんなに大きな会場になるとは思わなかった。


 国際大会ということもあって、観客席や通路には色んな国の人達がいる。


「久しぶりに日本武道館に来たけど、やっぱ大きいねぇ。セオイちゃんはすごいんだねぇ」


 私の後ろをついてきているお姉ちゃんがのんびりした口調でつぶやいた。


「久しぶりて、前に来たことあるの?」


「福山のライブで2回ほどね」


 そんな会話をしながら2階席をしばらくウロウロしていると、知っている顔を見つけた。少し安心して彼のもとに向かう。


「おはよう、小野塚くん」


「あ、おはよう、鈴田さん」


 小野塚くんは私の後ろにいたお姉ちゃんに気づくと、椅子から立ち上がって頭を下げた。「こんにちは、小野塚といいます」


「あ、これはご丁寧に。美晴の姉です。いつも妹がお世話になっています」


 お姉ちゃんの口調は丁寧だったけど、その目は興味津々に小野塚くんを見つめている。


「君がセオイちゃんの彼氏くん?」


 無遠慮な質問に小野塚くんは慌てた様子で手を振った。


「いえ、違います、ただの友達です!」


「え~、そうなの?でもセオイちゃんとは色々あったんでしょ?」


「ちょっとお姉ちゃん!それ以上は変なこと言わないでよ!」


 私の一喝で姉は静かになった。本当は私も訊きたくて仕方がなかったけど今は我慢だ。そう自分自身に言い聞かせながら彼の隣に座った。


 小野塚くんは以前と比べるとオドオドした雰囲気がなくなって、すっかり男らしくなった。


 ※ ※ ※


 半年前にショッキングな事件が起きた。


 同じクラスの勝又が小野塚くんを刃物で刺して、その場に居合わせた月崎さんと網谷さんに撃退された。しかも勝又は1年前にも同級生の女子を殺していたという。


 それを聞いた時、大半の生徒は唖然とした。情報量が多すぎてすぐに処理しきれる者はいなかった。


 それから2日後、事件は急展開を迎えた。


 勝又の兄が神奈川県警に出頭し、弟の犯した犯罪はすべて自分が裏で手引きしていたと自供したという。


 勝又兄は弟を精神的に追い込んで、正常な判断を出来ない状態にして実行させたらしい。


 勝又は今は精神鑑定を受けているそうだけど、どのみち片瀬山高校に戻ってくることはないだろう。


 小野塚くんはかなり重傷だったようで、夏休みのすべてを病院で過ごし、2学期の途中から復帰した。


 月崎さんとは2学期のテスト期間中にご飯に誘われて、駅前のファストフード店に一緒にいった。


 その際に「ごめん!私また柔道することになって、鈴田さんのお姉さんに教えてもらった、暗い場所でチュー以外は当分 かせそうにないです!お姉さんにもよろしく伝えておいてください!」


 と手を合わせて謝罪された。


 え、暗い場所でチューは実行する気なの?それともすでに実行しちゃったとか!?その辺をしっかり聞きたかったけど、そういう流れじゃなかった。


「全然気にしないで。それよりさ、お姉ちゃんが月崎さんのこと気に入っちゃってて、『セオイちゃんの柔道してる姿見たかったな~』て言ってたから、きっと喜ぶよ。応援に行ってもいい?」


 月崎さんがパッと表情を輝かせた。


「もちろんだよ!それじゃ、ここ1番の勝負!て大会の時にチケットを2枚用意するから、是非とも来てください!」


 彼女の性格上、社交辞令は言わなそうだな、と思っていたら先月、チケットを2枚持ってきてくれた。


 そのチケットには【グランドスラム東京】と大会名が記載されていて、開催場所は日本武道館とのこと。


 スマホで検索してみると、この大会の成績が東京オリンピックの代表権を決める最終審査基準となり、日本人は1階級につき4名出場して競い合うという。


 実は暇な時に月崎さんの名前をちょくちょく検索していたので、彼女がこの半年の間に出場した4つの大会で全部優勝して、オリンピック代表候補に急浮上していることは知っていた。


 つまり、今回の大会で優勝すればオリンピックが限りなく近くなるということだ。まさに大1番。


 入り口で渡されたパンフレットを開きながら小野塚くんに見所をたずねた。


「この大会は世界ランキング上位の選手ばかり出る大会だから、1回戦から本当に大変だけど、順当に勝ち進むと準決勝が山場だね」


 小野塚くんはよどみなく教えてくれた。彼は退院してから月崎さんの出る大会に全て応援に行っていて、今ではかなりの柔道通だ。実のところ2人はもう付き合ってると踏んでるんだけど、まだ確証は得られないでいる。


「準決勝の相手が1番強いんだね」


「うん、昨年の世界選手権で優勝した、現役の世界チャンピオンだからね」


 おう、それはぜったい強いわ。パンフレットに目を向ける。


「どの人?」


「このたきぐちあやていう選手だよ」


「あ、日本人なの?」


「大丈夫!セオイちゃんは絶対に勝つよ!可愛いは最強!」


 私達の会話をまるで聞いていないようで聞いていたお姉ちゃんが力強く宣言した。


 そうだ、月崎さんはきっと勝つ!

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