第16話


「月崎さん、俺は君のためにいろいろ頑張ったんだよ。とりあえず話を聞いてよ!」


 勝又と呼ばれた男がにじり寄ってきた。右手にはまだナイフが握られている。


―――いや、ちょっと待ってよ。意味が分からないんだってば。どうしてあんたが阿久井さんを殺したとか言い出すワケ?いや、そんなことより小野塚くんが・・・


 ダメだ、もうワケが分からない。


 その時、網谷さんが私の前に立った。


「勝又、落ち着け、とりあえずナイフを置こう?いったん止まれって」


 命令口調だが、網谷さんの声は震えている。


「それ以上近づくなよ!」


「網谷、お前キャラ違うだろ?どけよ。月崎さんに話があるんだ」


 これ以上私より小柄な網谷さんに守られるわけにはいかない。彼女を押しのけて前に出ようとするけど、膝が震えて思うように動けない。


「分かりました、話を聞きますから、先に救急車を呼ばせてください、小野塚くんが・・・」


 小野塚くんは倒れたままだけど、呼吸はしている。


「ちょっと月崎さん、なんで敬語なんだよ。俺と君の仲だろ?」


「そう、だったね、ごめん」


 刺激してはいけない。なるべく彼の言葉に同調しながら少しでも早く救急車と警察に連絡しなければ。


 勝又が間合いを詰めてくる。覚悟を決めた人間特有の迫力に押されて、尻もちをついてしまった。


 その時、勝又の背後に人影が現れた。


「勝又くん、やめたほうがいいって・・・しつこいと嫌がられるから・・・」


 小野塚くんだった。刺された箇所を押さえながら立ち上がっている。軽く押しただけで倒れそうだ。


「小野塚くん!誰のせいでこうなった思ってるんだ!邪魔しないでくれ!」


 勝又がナイフを握り直して、小野塚くんの腹をもう一度突き刺した。


「キャァ!」網谷さんが悲鳴をあげた。私は恐ろしくて悲鳴も上げられずにいる。


 ナイフを引き抜くと小野塚くんは膝をついて前のめりに倒れた。勝又は再び私の方向に体を向ける。


「ごめんね、月崎さん。邪魔が入っちゃって」


 その時、勝又が何かにつまづいたように体勢を崩した。足下を見ると、小野塚くんが勝又の足首を掴んでいる。彼と目が合った。


「は、やく・・・逃げ・・・」


「ああもう!ホントに邪魔だな!」


 体勢を立て直した勝又がナイフを頭上に振り上げた。そのまま下ろせば小野塚くんの背中の、心臓の辺りに刺さる。


「ダメェ!」


 とっに体が動いて小野塚くんに覆い被さった。


「月崎さん、何してるの!?そいつの血がついちゃうよ、汚いよ!」


 焦った様子でナイフを持つ手を引っ込めた勝又に、網谷さんが飛びかかった。


「うらぁ!」


 彼女は真っ正面からナイフを持つ右手に組み付いた。


「あ、てめえ、何してんだよ!」


 それを見た瞬間、私は反射的に勝又の左手に組み付いた。そのままの流れで口が動いた。


「網谷さん、せーので大外刈り!」


 ハイ!と聞こえた。無我夢中で「せぃっの!」と叫びながら左足を大きく前に振り上げて、勝又の左ふくろはぎに向けて真っ直ぐかかとを振り落とした。


 カツッと草束を刈り取るような感覚が左かかとにあった。きっと網谷さんの右かかとにも同じ感覚があったはずだ。


 勝又は真後ろに倒れて「ゴッ」と鈍い音が響いた。後頭部をアスファルトに打ち付けたようだ。そのままピクリとも動かなくなった。


 両足を同時に刈られて、しかも両手を私と網谷さんに掴まれていたから受け身もとれない。必然の結果だった。


 私はグッタリしている小野塚くんに顔を寄せた。


「小野塚くん!」


 手を握って呼びかけると微かに握り返す感触があり、彼の口が動いた。


「つ・・・き、ざき、さん・・・」


「喋らなくていいから!」


 私の声が聞こえていないのか、口を動かし続ける。


「ぼく、は・・・、っきざきさ・・・のじゅどぉ、み、たいよ・・・」


意識が混濁して、刺される前にしていた会話の続きをしているようだ。


「分かったから!私柔道するから!絶対に見にくるんだよ!約束だよ!」


 小野塚くんの口はもう動かなかったけど、かすかに頷いたように見えた。


「もしもし、人が刺されてます、すぐに来て下さい!場所は・・・」


 いつの間にか網谷さんがスマホを耳に当てて大声で話している。救急車が来るまでの間、私は小野塚くんの手を握り続けた。


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