第15話ー②


 翌日、俺は阿久井のクラスに行き、彼女を多目的室に誘った。


 俺の役割はターゲットの女子と【紹介】という形で会い、校舎裏に連れていくというものだった。


「いやー、この役まだ決まってなかったから良かったよ」


 屈託なく笑う阿久井に吐き気を覚えた。確かコイツは同じクラスの男子を苛めているという話を聞いたことがある。


「阿久井、その他校の女子がどんな顔か教えてくれないか?イメトレしときたいんだけど」


 阿久井は一瞬イヤな顔をしたけど、先ほど交換したラインに画像を送ってくれた。 

 

 送られてきた画像を見て仰天した。


 画像編集アプリによって顔以外のすべてのが部分が黒く塗りつぶされているが、その顔がとんでもない可愛さだった。天使に見えた。


「名前とか知ろうと思うなよ。そうだ、あんたの兄貴さんにもこの画像を送っておいて」


 阿久井はそれだけ言って多目的室から出ていった。


 ※ ※ ※


 俺はそのあと、授業中はもちろん帰宅してからもずっと画像を見続けた。見れば見るほど天使だ。


 スポーツをしている時に撮られたようで、化粧はしていないように見える。それでこの可愛さは尋常ではない。


 この子が兄貴におもちゃにされる?冗談じゃない。なんとしても彼女を助ける方法を考えるのだ。


 今のところ良い案は思いつかないが、例えば彼女を紹介された時に校舎裏ではなく外に連れ出して、そのまま交番に連れていくというのはどうだろうか。


 しかし警察に事情を説明したところでどうなるか分からない。


 何よりもこの案は兄貴の怒りを猛烈に買うことになる。下手をしたら殺されかねない。どうしたらいいのか。


 ※ ※ ※


 良い案が出ないまま文化祭を来週に控えたある夜のことだった。


 俺のスマホが着信を告げた。画面を見ると阿久井の名前が表示されている。


 イヤな予感しかない。しかし出ないわけにもいかないので通話ボタンに触れて耳に当てた。


「はい、もしもし」


「勝又?兄貴さん家にいる?さっきから電話してるんだけど全然つながらないんだけど」


 兄貴は家にいなかったけど、阿久井の用が何なのか気になった。


「兄貴はいま部屋で寝てる。起きたら伝えるから用件を聞かせてくれよ」


 ああそう、と阿久井は疑う様子もなく喋り始めた。


「今日の午後7時30分頃に一色公園に来てください、と伝えておいて」


「・・・それだけか?」


「詳しくは公園に来てから話すから」


いや、と俺は電話越しに首を振った。


「兄貴はそういうのは先に知っておきたいタイプだから。用件を知らせずに呼び出すとか、絶対やっちゃいけない」


「・・・わかったわよ」


 阿久井は俺の嘘話を信じたようで、詳細を話し始めた。期待を裏切らず、吐き気をもよおす内容だった。


 今から一色公園で生意気な女と決闘する。阿久井が勝ったら女はその場で奴隷になるという。兄貴へのお願いは、阿久井がその女を倒した瞬間に出てきて、その女を辱めてほしいというものだった。


 通話を終えると、俺は出かけるたくを始めた。もちろん兄貴に伝えるつもりはない。


 ※ ※ ※


 公園に向かっている最中、心配でたまらなかった。


 阿久井が対決する相手というのは、天使ではないのか。


 どんな勝負をするのかは分からないが、兄貴に連絡をしている時点で阿久井は絶対的に勝つ自信があるのだろう。


 公園に着いて辺りを探索すると、芝生の広場で人影を2つ見つけた。向かい合っている。


 俺は近くにあったベンチに身を隠して様子をうかがう。白光灯に照らされた2人は、柔道衣を着ていて、丁寧にお辞儀をしてから組み合った。


 ここで阿久井と組み合っている相手が天使ではないと気づき、胸をなで下ろした。


 ほどなくして、阿久井が宙を舞って背中から芝生に落ちた。


 ルールの分からない俺でも阿久井が負けたのだと分かった。彼女は芝生の上で仰向けに伸びたまま起き上がらない。


 勝利した女子は阿久井となにか話してから、芝生の端っこに置いてあったバックを肩に担いでさっさと走り去っていった。


 俺は恐る恐る芝生に足を踏み入れて阿久井に近づき、いまだに仰向けの彼女を上から覗き込んだ。


「・・・兄貴さんは?」


「まだ。もうすぐ来るって」


 とりあえず嘘をついた。阿久井は体を起こすと、芝生の端っこに置いてあるバックの方に歩いていく。


 先ほど走り去った女子のカバンの位置と反対方向だ。


 カバンからスマホを取り出すとなにやら操作をして耳に当てた。しばらくボソボソと喋っていたが、すぐに舌打ちをしながらスマホを耳から離した。


「いま、誰と話してたんだ?」


 あん?と面倒くさそうに俺に目を向けた。


「文化祭でハメる予定の女に連絡してたんだよ。むかついてしかたないから、今この場に呼び出してあんたの兄貴に襲ってもらおうと思ったんだよ。なのにあの野郎、来れねぇとか言って電話切りやがるし」


 阿久井はブツブツ言いながらバックを肩に担ぐと、公園出口に向かい始めた。


「帰るのか?」


「ああ、兄貴さんには私の代わりに謝っておいて。それと文化祭では予定通りお願いします、て伝えておくように」


―――文化祭は、予定通り。


 その瞬間、俺の中で何かがはじけた。


 俺は無言で阿久井のあとを追った。


 阿久井は公園を出て少し先にある交差点の赤信号で立ち止まった。右方向から大型トラックが近づいてきている。


 俺は小走りで阿久井に近づいていく。トラックも同じように交差点に進入してきた。


 阿久井が気配に気づいて振り向いた瞬間、俺は体当たりをした。阿久井は車道にふき飛び、交差点の中でトラックと重なった。


 甲高いブレーキ音と鈍い接触音が響くなか俺は体を反転して家の方向に走り始めた。


 これは絶対に捕まるだろうな。けれどこれで天使を守れたのだと思うと、後悔より満足感のほうが大きかった。


 帰宅すると真っ先にシャワーを浴びて、すぐにベッドに入った。不思議とぐっすり眠れた。


 ※ ※ ※


 翌日、クラスのグループラインで隣のクラスの女子が事故で死んだと報告された。


 何故か俺のもとに警察はまだ来ない。


 阿久井の死から3日後、文化祭の3日前に兄貴が家に帰ってきたので文化祭の糞計画が中止になったことを伝えた。


 怒り狂った兄に2発殴られたけど、首謀者の阿久井が死んだ事を伝えると舌打ちをしつつも納得したようだった。


 文化祭は何事もなく終わった。俺は天使を守りきったのだ。そしていまだに警察もくる様子はない。


 やがて俺は卒業式を迎え、そのまま片瀬山高校に進学した。


 入学式で奇跡は起きた。


 半年以上、毎日画像で見続けていた天使が目の前にいたのだ。


 俺は式中、ずっと涙ぐんでいた。頑張った俺に神様がごほうをくれたのだと思った。

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