第15話-①



 湘南界隈のわるぶった奴らの中で【勝又】の名前は絶対的な力を持つ。


 もちろん俺が何かしたワケではなく、すべては2歳上の兄貴の功績によるものだ。


 中学時代から荒れていた兄貴は高校には進学せず、地元の【しょうなん】というチームに入った。犯罪行為をちゅうちょなくやってのける、いわゆる半グレ集団だ。


 そして兄貴はその集団の中でスピード出世を果たし、1年ほどで幹部になったらしい。いったい何をしてそうなったのか訊く勇気はなかった。


 両親は俺を私立の片瀬山中学を受験させた。長男と同じ用見中学に入れたら俺も同じようになるのではないか、としての判断だった。


 俺もまた、兄貴と同じ中学には絶対にいきたくなかったので必死に勉強した。


 その甲斐があって俺は見事合格した。その瞬間はまさに、地獄に垂らされた1本の蜘蛛の糸を掴んで天国まで上りきったような気持ちだった。


 中学では特別に目立つことも異性に目を向けられることもないものの、穏やかな日々を送っていた。


 しかし中学3年に進級してすぐの頃、平和はあっけなく終わりを告げた。


 部屋でくつろいでると、いきなりドアが開いて兄が入ってきたのだ。


「おう、入るぞ、かずひと


 最近はほとんど家にいない兄貴の突然の登場に、俺は驚きすぎて椅子から落ちそうになった。


 久しぶりに見た兄貴は外見がかなり変わっていた。金髪ボウズにヒゲ、ピアス、右腕には肩からヒジにかけてなんて書いてあるのか分からないタトゥーが入っている。完全にアウトな姿だ。


「兄ちゃん、どうしたの?」


 兄貴は部屋の真ん中であぐらをかくと、タバコをくわえて火をつけた。


「和人、お前んとこの学校、来週文化祭があるらしいな」


「うん、あるけど」


「それ、俺もいくからよ」


 何をを言ってるんだ。俺の学校は中高一貫の規律の厳しい学校だ。もちろん文化祭だって部外者が簡単に入ることはできない。


 俺の頭の中を見通した様に、兄貴がニタリと笑った。笑い方まですっかり変わってしまった。


「だからよ、俺の分の許可証てヤツを準備しておけ」


 確かに在学生は申請すれば3人分までの入校許可証をもらえる。


「兄ちゃん、うちの文化祭に何しに来るの?」


 兄貴がギロリと俺を睨みつけた。それだけで恐怖で体が硬直した。


「おめぇには関係ねぇだろ?」


 関係ないわけないだろう。兄貴が文化祭で問題を起こせば、校内に入れた俺の責任になる。


 そうしたら間違いなく高校へのエスカレーター入学は消える。しかし断れるわけもなかった。今の兄貴は気に入らなければ両親にも平気で手をあげる。


「わかったよ、兄ちゃん・・・」


 兄貴は満足したように頷くと、吸ってる途中のタバコを床に放り捨てて部屋から出ていった。


 俺はあんたんたる気持ちで火がついたままのタバコを拾った。一体兄貴は何をたくらんでいるのか。


 ※ ※ ※


 兄貴の狙いが判明したのは2日後のことだった。


 2時限目の授業を終えてトイレに向かう途中、背後から呼ばれた。振り返ると魚みたいな顔をした女子が俺を見つめていた。


 これまで同じクラスになったことはないが名前は知っている。こいつは何度も朝礼で表彰されていてる有名人だ。


「阿久井美貴・・・」


「ちょっとさ、話があるんだけど、昼休みに3階の多目的室に来れる?」


「え、ええ?」


 いきなりの誘いに戸惑っていると阿久井は少し苛立った様子を見せた。


「来れるの?来れないの?」


「大丈夫だけど・・・」


「それじゃ、1人で来てね」


 それだけ言うと阿久井はさっさと自分の教室に戻っていった。


 そのあとの授業は先ほどの阿久井との出来事が気になったせいで全然身が入らなかった。


 まさか告白されたりするのだろうか。その場合は、申し訳ないが断ろう。


 あまり良い感じのしないドキドキ感を味わいながら多目的教室に行くと、阿久井はすでにドアの前で待っていた。


 彼女に促されて室内に入ると、背後からドアを閉める音がした。


 これから何が起こるのか、ゴクリと唾を飲み込んだ。そんな俺の様子を見て阿久井は笑った。


「別に告白なんかしないよ」


 それじゃあ何だというのか。阿久井は俺の2メートルほど前に来た。


「お兄さんから聞いた?」


 予想外の質問だった。「え、なにを・・?」


「文化祭のこと、なんも聞いてない?」


 ああ!と思わず声が出た。なんでこいつが知っているのか。 


「文化祭の許可証・・・」


 そうそう、知ってるじゃん!と阿久井は嬉しそうに言った。


「けど、兄貴から詳しいことは何も聞かされてない」


「あ、そう。知りたい?」


「そりゃ、まぁ・・・」


 控えめな態度を見せたものの、内心では知りたくてしかたなかった。


「別に教えてあげてもいいけど、あんたも共犯になるよ?」


「別にかまわない。聞かせてくれ」


 兄貴に入校許可証を渡す時点で俺はすでに共犯なのだ。聞かない理由はない。


 阿久井の話はひたすら胸が悪くなるものだった。


 他校の女子中学生を文化祭に呼んで、校舎裏に連れ込んで乱暴をする、というもので、兄貴の役割りは女子生徒に乱暴をすることだそうだ。犯罪そのものじゃないか。


 そして何より気になることがあった。「阿久井はなんで兄貴と知り合いなんだ?」


 阿久井の話だと、彼女の通っていた柔道場に素行が悪くて破門にされた男がいて、そのまま半グレ集団に入ったという。そこでそいつと兄貴が知り合い、そのツテで知り合ったのだという。


「それじゃ、阿久井もチームに入ってるってのか?」


 阿久井は大げさな手振りで顔の前で手を振った。


「ないない!私は柔道エリートだよ?先輩もその辺りは分かってくれてるから」


 入っていないにもしても彼女がやろうとしてることは完全な犯罪だ。


 俺が言葉を失っていると、阿久井の表情がパッと明るくなった。何かをひらめいたようだ。


「勝又、あんたも協力してよ!」


「はぁ?嫌だよ!」


「さっき、計画の内容を聞いた時点で共犯だって話したよね」


「そんな無茶苦茶な話があるか。俺は知らないから勝手にやればいいだろ」


「あんたのお兄さん、計画を聞いた時ノリノリだったよ。あんたが協力したくないって聞いたらけっこう怒るんじゃない?」


「そんなの脅しになると思ってるのか!」俺は多目的室から飛び出して自分の教室に戻った。


 ※ ※ ※ 


 その夜、兄貴が俺の部屋に来た。表情は怒りに満ちている。


「和人、おまえ文化祭の計画にケチつけたらしいな」


「え、いや・・・」次の瞬間、視界が飛んだ。


 気づくと床に倒れていた。あごが熱くて口の中が鉄臭い。顔面を蹴られたと認識したところで腹に衝撃が走った。また蹴られた。


「てめえよぉ、俺に恥をかかせるんじゃねえよ。え?こら」


 その後も立て続けに3発を蹴られたあと、胸ぐらを掴まれて無理やり起こされた。


「てめえも参加しろ。しなきゃ殺す」


 俺は頷くしかなかった。


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