第14話

 今日はいったいなんなんだ。


 私は今日、並々ならぬ決意で小野塚くんを誘った。無論、彼のジュンケツを奪うためだ。


 まずは放課後に声をかけてファミレスで軽く食事、そのあとに上手く誘い出してラブ、ホテル?に連れ込んでいろいろ実行する計画だった。


 しかし小野塚くんが阿久井さんの名前を出してから事態が急変した。


 彼の発言によって私の感情はかき乱された。


 当たり前だ。死んでしまった旧友のことを悪く言われれば誰だって腹が立つ。


 彼女のフォローをしていたハズが、いつの間にか私自身のトラウマが引きずり出され、思わず泣いてしまった。


 しかし、本当の驚愕はこのあとだった。


 とつじょ現れた女子によって、私はさらにパニックに陥ることになった。


 この網谷さんという小野塚くんのクラスメイトの話した内容は、私にとって信じられないものだった。受け入れられないと言った方がとうか。


 まず、2年前に私が網谷さんを助けたという話。


 正直あまり覚えてないけど、海で溺れている人を助けた記憶はなんとなく残ってる。


 問題はそのあとだ。


 この小柄な子が阿久井さんを倒した・・・。私が長年追い続けた目標を、わずか1年の柔道歴で果たしたなんて、やはり信じられない。いや信じたくない。けれど嘘を言ってるようにも思えない。


「阿久井が死んだのは俺が原因なんです。月崎さんは関係ありません」


 網谷さんは泣きながら何度も訴えた。


 だとしたら私はこの1年間、いったい何をしていたんだろう。突然すぎてホントに意味が分からない。


 気づくと外はすっかり暗くなっていた。もはや小野塚くんの童貞奪取なんてどうでもよくなっていた。


 事実、網谷さんの登場以降、彼は完全に空気と化していた。


「小野塚くんごめんなさい、今日はもう帰らせてもらいます」会計の時に一言いって頭を下げた。


 早く帰って頭の中をいろいろ整理したい。彼は「あ、うん」とあいまいな感じで頷いた。


 ファミレスを出て夜の空気を大きく吸っていると「月崎さん、家まで送らせてください」と網谷さんが言ってきた。


「網谷さんは家はどこなの?」


「おれ・・・、私は辻堂です」この子は店内で話していた時から同い年の私に対して敬語だし、自分のことを「俺」「私」と統一してなくて、かなりの不思議キャラだ。


「いや、私の家は戸塚だから電車反対だよ?」


「いや、いいんです!うちは門限ゆるいし、月崎さんとまだ話したいんです、お願いします!」深々と頭を下げた。


確かにファミレスにいた時よりだいぶ落ち着いたように見える。


「けど、うちは駅からけっこう歩くし、逆に網谷さんの帰りが心配になるよ」


 大丈夫です!と彼女は言いながら隣にいた小野塚くんの肩を掴んだ。


「小野塚も同行させますから!」急に巻き込まれた小野塚くんは目を白黒させている。


 なんか断るのも億劫になってきた。「うん、それじゃお願いします」


 ※ ※ ※


 戸塚駅を降りて10分ほど歩いたところで住宅街に入り、辺りが一気に暗くなる。私の家はここから15分ほど先だ。


 私を含めた3人はそれまで無言だったけど「あの、月崎さん」と網谷さんが遠慮気味に口を開いた。


「なに?」


「やっぱり柔道はもうしないんですか・・・?」


「うぅん、柔道はやめるって人前で言っちゃったしな」


「他の部活にも入っていないみたいですけど、何か熱中してることとかあるんですか?」


「他に熱中してること・・・」熱中ではないけど、やろうとしていたことはある。


 私達の後ろを歩いている小野塚くんに目を向けた。彼は下を向いて歩いていたので目は合わなかった。


「おれは、月崎さんに柔道をしてほしいと思っています」


うん、と曖昧に返した。この1年の間に多くの人から言われてきたことだ。


今まではこちらの事情も知らないのに、なんて無責任な言いぐさだと思っていたけど、今ならその人たちの気持ちが分かる気がした。


「私より、網谷さんが柔道を続けるべきだよ。ていうか、私が網谷さんの柔道を見てみたい」


無理です、と暗い声が返ってきた。


「自分が柔道を始めたことが原因で、阿久井は死んだんです。でも、あなたは違います。俺は月崎さんの柔道を見て、引きこもりから立ち直れたんです。あなたは人に力を与えられるんです、絶対に柔道をするべきです!」


なぁ、小野塚!と後ろを向いて同意を求めた。


キラーパスを受けた小野塚くんは「え、えっと・・・」としどろもどろになりながらも話し始めた。


「僕は部活動とか全然やってこなったし、よく分からないんだけど、1人でも必要だって言ってくれる人がいるのははすごいことだと思う。月崎さんからすれば普通のことかもしれないけど、それは本当にすごいことだよ」


最初はたどたどしかった口調が、後半はやけに力強く感じた。


なんかよく分からないけど、気持ちがフワッとした。


「小野塚くんは、私が柔道をしてる姿を見たい?」


小野塚くんの口が動きかけた時、


 ハッハッハッハッ


 急に背後から荒い息づかいが近づいてきた。散歩中の大型犬が走り寄ってきたのかと思って息づかいの方に目を向けた。


 犬ではない、人間だ。それもかなりの巨漢。それが小野塚くんに体当たりをした。


「ぐぐっ!」悲鳴のような声を漏らしながら小野塚くんがあおけに倒れた。お腹を押さえたまま動かない。


「え?ちょっ、大丈夫!?」


 駆け寄って抱き起こそうとすると、ぬるりとした液体が手についた。汗の感触ではない。


―――え、なにこれ?これって・・・血!?


「月崎さん!!」


 ぶつかってきた男が私の名前を叫んだ。


 え、なんで私の名前を知ってるの!?


 街灯に照らされた男の顔は見覚えがあるような気がするけど思い出せない。


「月崎さん!俺、俺と・・・なんで俺じゃなくてこいつなんだ!俺は、俺は・・・」


 いまさら気づいた。男は刃物を持っている。認識した瞬間、全身が冷水を浴びせられたように震え、力が入らなくなった。聞きたくもない男の言葉が耳を通して勝手に脳に入ってくる。


「俺は、君を守るために阿久井美貴を殺したんだ!なのにどうして!」


―――は?こいつは何を・・・!?


 直後、隣にいた網谷さんが叫んだ。


「勝又ぁ!てめえ何してるんだ!」

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