第13話ー③


 ある日のこと、稽古終わりに阿久井が声をかけてきた。


「網谷、このあと時間ある?空いてたらちょっと付き合ってほしいんだけど」


「大丈夫だよ。ファミレス?」


 いや、と阿久井は首を横に振った。


「あたしの中学なんだけど」


 時間は午後8時を過ぎている。この時間から学校に行く用とは一体なんなのか。


「いいけど、なにしに行くの?」


「穴を掘りに」


「あな!?」ますます意味が分からん。


「うん、今から家に寄ってシャベル取りにいくんだけど、網谷が手伝ってくれるんなら2つ準備するけど」


「まぁ手伝ってもいいけど、穴掘る理由訊いていい?」


「それは掘ってからのお楽しみだよ」


 阿久井はクスクスと楽しそうに笑った。この子がこんな風に笑うのは今まで見たことがなかった。


 ※ ※ ※


 夜の学校は不気味だったけど、阿久井と一緒だと心強く、逆にワクワクしてきた。


 門は当然閉まっているが、阿久井はちゅうちょする様子もなくひょいと飛び越えて中に入った。


 うぉっほう!楽しくなってきたぞ!


 俺も阿久井のあとにつづき、彼女の背中を追いかけた。


 しばらく進んだのちに阿久井が足を止めたのは校舎の裏側で、こんなところ日中でもあまり人は来ないんじゃないか、というような場所だった。


 阿久井は肩に背負ってたカバンを地べたに置いてからスマホのライトを点灯して、それをカバンの上に置いて辺りを明るくした。


「よし、始めようか」


 俺に片方のシャベルを渡すと、阿久井は自分の持ってるシャベルでザクザク穴を掘り始める。


 俺も彼女と向かい合う形で掘り始めた。


 全身が汗ばみ始めたかと思うとすぐに額から汗がポタポタ垂れ始める。けっこう良いトレーニングだなコレ。


 穴はどんどん大きくなっていき、ついに俺の肩くらいまでの深さになった。


 これ、穴から出るのも一苦労じゃね?と思い始めたタイミングで「よしっ」と阿久井が呟いた。


「これくらいでいいね」


 そう言うと軽々と穴から這い出た。背の低い俺はあんな風には上れない。すると阿久井が手を差し出してくれた。その手を握るとグインッとすごい力で引っ張り上げられた。


「ありがとう」


「お礼を言うのは私だよ。網谷のおかげで早く終わったよ。ありがとうね」


 ふふっと2人で笑い合った。やっぱり、すごく楽しかった。


「さぁ、補導される前に撤収しよう」


「穴はこのままでいいの?」


「明日の朝一で続きをやるから大丈夫」


 そうなのか。


 ※ ※ ※


 それから阿久井と会ったのは穴を掘ってから2日後の柔道場だった。


 稽古中はいつも通り喋らずにいたが、終わると彼女の方から近寄ってきた。


「網谷、この前手伝ってくれたおかげで面白い動画を撮れたよ」


 彼女が俺にスマホの画面を向けてきた。見ると男子中学生が映っていて、フラフラと歩いている。


 直後、画面から消えた。落とし穴に落ちたのだ。


 俺と阿久井が掘った穴だ。


 かなりの深さなので落ちた男子は大丈夫なのかと心配になるが、画面の中のけたたましい笑い声がのせいで気持ちみだされる。


 しばらくして穴から手が出て来た。


 画面が穴に近づいていき、まだ穴から出てこれない男子をアップで写した。


「てめえなんかに告る女がいるワケねえだろバーカ!ギャハハハ!」


 阿久井の声だった。悪意にまみれた声質だ。


 その瞬間、俺は自分が転校してきた時の、クソ先輩達から受けた数々の嫌がらせを思い出してしまい、一気に気持ちが悪くなった。


「これのために穴を掘ったの・・・?」


 うん、と悪びれた様子もなく頷いた阿久井を見て、それ以上我慢できなかった。


 吐きそうになり、慌てて荷物を持って外に出た。


 深呼吸を数回したら吐き気は治まったが、道場に戻る気になれず、そのまま帰宅した。


 阿久井のことは柔道を習い始めてからは尊敬の念を持っていた。


 なのに、なのに・・・!


 俺は勝手に裏切られた気持ちになって、勝手に失望して、勝手に涙を流した。


 その後も阿久井とは道場で顔を合わせた時には挨拶はするけど、会話は避けるようになった。


 その日以降、彼女と乱取りもしなくなった。

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