第11話ー①
『これより、小学4年生女子の部、準決勝をおこないます。赤、月崎選手。白、阿久井選手』
彼女と初めて向かい合った時の第一印象は「あんま強くなさそう」だった。とくに理由はないけど、そう感じた。
しかし試合が始まると、私はあっという間に投げられた。何が起きたのかまるで分らなかった。
大会後、彼女の所属する横浜の柔道場の師範に父が訊きにいったところ、2か月前に東京から引っ越してきたのだという。
その日以降、私はいろんな大会で阿久井さんと対戦したが、1度も勝てなかった。
彼女は中学に進学すると、1年生の時に地区予選、県大会を勝ち抜き、なんと全国大会を優勝してしまった。
2年生になるとさも当然と言わんばかりに全国大会2連覇を達成した。この辺りから彼女の名前は柔道界で有名になり始めて、全日本の強化選手に選ばれた。
その時の私は、阿久井さんと同じ階級だったために結果の残せない日々が続いていた。
減量か増量をして彼女と階級をずらせば全国に出られる可能性もあったけど、父が許さなかった。
「勝てない相手から逃げていたら目先の勝利を得られても必ず壁に当たる。阿久井を破って日本一にならなければ、オリンピックには絶対に出られない」これが父の言い分だ。
けれど通算成績が0勝20敗を超えれば誰だって気づく。
私は阿久井さんにはどうしたって勝てない。
※ ※ ※
中学3年の7月、私は中学最後の大会の横浜地区予選を優勝した。これで県大会への出場権を手にした。
しかし県大会では必ずどこかで阿久井さんと当たる。2ヶ月ほど前に道場対抗の大会で彼女の試合を見たが、より強さを増していて絶望感を植え付けられた。
全国大会に出れるのは県の1位のみだけど、3位以内に入れば関東大会に出れる。
私は関東大会での上位入賞を目指していた。もちろん父の前ではそんな態度はおくびにも出さなかったけど。
表彰式を終えた時、応援席から私に向かって手を振っている人がいた。誰だろうと目を凝らしてみると、なんと阿久井さんだった。ここは横浜地区の大会で、彼女は湘南地区だ。何故ここにいるのか。まさか私の視察だとも思えない。
「月崎さん、優勝おめでとう!さすが横浜地区では無敵だねぇ」
にこやかに阿久井さんが私にかけよってきた。横浜地区では、という言い方に引っかかりを感じたけど素直に「ありがとう」と返した。
「月崎さん、この後ちょっと話せないかな?」
周囲に人がいなさそうな場所を見つけて阿久井さんと向かい合った。
「阿久井さん、話てなに?」
うん、と阿久井さんは頷いた。今まで彼女とは試合場で会っても挨拶をするくらいの関係だったので、なんの話をするのか見当もつかない。
「うん、ぶっちゃけ訊くけど、月崎さんは全中出たいよね?」
全中は全国中学校大会の略だ。なんだその質問は。
「もちろん、出るつもりだよ」
すると阿久井さんがニッコリ笑った。なんていうか、嫌な笑顔。
「でも、私に勝てると思う?」
え、言うことまで嫌な感じ。これは・・・挑発してる?
「も、もちろん阿久井さんに勝つためにたくさん練習してきたし」
ふぅん、と阿久井さんが目を細めた。そして周囲に人がいないかを確認するように見回してから「それでさ」と切り出した。
「ちょっと相談なんだけどさ、私ももちろん県大会に出るんだけど、湘南地区予選の時にちょっと首を痛めちゃったんだよね」
「そうなんだ。大丈夫?」
まだ話の意図がつかめないが、とりあえず相づちを打つ。うん、と彼女が話を続ける。
「それでさ、県大会を欠場しようか迷ってるんだよね」
「え?」
「先生達はちょっとくらい痛くても試合には出ろっていうんだけどさ、私はもう中学のタイトルとかあまり興味ないんだよね。無理に試合に出て、よけいに首を悪くしたらバカらしいし。まぁ、出ようと思えば出れるんだけど」
阿久井さんが何を言いたいのかよく分らないので黙って続きを待つ。
「だからさ、私考えたの。月崎さんが私のお願いを聞いてくれたら、欠場しようかなって」
「なにそれ?」私をバカにしてるのか?
「月崎さんだって、中学最後の夏くらいは全中に出たいでしょ?」
これは完全にバカにされている。
「私は、阿久井さんに勝って全中に出るつもりだから」
睨みつけていったが彼女はまったく臆することなく、むしろ困ったような笑顔をつくった。
「え、まさか本気で私に勝てると本気で思っているの?」
当たり前だ、、と即答できず、黙ってしまった。
「私のお願いを聞いてくれれば、月崎さんは県大会は余裕で優勝できるし、全国でも優勝もできるんじゃないかな。去年の全中の時でも、月崎さんレベルの子は全然いなかったし」
一瞬、自分が全国大会の舞台に立っている姿を想像してしまった。そこで結果を残せたら多くの高校からスカウトがくるだろうし、家族もきっと喜んでくれる。
「・・・お願いて、なに?」
阿久井さんの顔がパッと明るくなった。
「ありがとう!実はね、私の知り合いの男子の彼女になってほしいの」
「はぁ?彼女?どういうこと??」
言ってる意味が分からない。彼女て、恋人てことだよね?
「正確にいうと期間限定というか、来週うちの学校でやる文化祭の時だけでいいんだけど」
「いや、全然意味分からないんだけど」
「うん、その男子は、ここではAくんて呼ぶけど、Aくんは同じクラスの男子達にバカにされていて、特にリーダーグループからのちょっかいがひどいの。そいつらが文化祭の時に各自彼女を連れて来て、誰の彼女が1番可愛いか勝負しよう、て言い出したんだって。彼女を連れてこれなかった人は罰として卒業までの半年間、奴隷になるってルールで。そのゲームにAくんは強制参加させられちゃったの」
「くだらない・・・」
本当にくだらない。男子のそういうノリはウンザリする。
「それでなんで私なの??阿久井さんが彼女役でいいんじゃないの?」
「それ、嫌味で言ってる?」
急に阿久井さんの表情が変わった。今まで見たことのない薄暗い表情だ。
「いや、そんなつもりじゃないけど・・・」
まぁいいわ、と阿久井さんの表情が戻った。
「とにかく、そのむかつく連中に一泡吹かせてやりたいの。文化祭が終わればすぐ夏休みで、中学生活は残り半年だし、Aくんも一矢報いた感じのまま卒業できるだろうしね」
一応、話は分かった。
いろいろとおかしな点はあるけれど、阿久井さんなりに人助けをしたいということだ。
県大会欠場の件も別に八百長をするワケでもない。実際に彼女は首を痛めているのだ。
自分が全国大会の舞台で試合をする。想像しただけで胸が高鳴り、全身が震えた。
その場での返答は保留にして、阿久井さんとラインの交換をして別れた。
夕方になってから私は【先ほどの話、受けます】という内容のラインを阿久井さんに送った。
夜、自室のベッドでウトウトしていると、机に置いていたスマホが振動した。手を伸ばして画面を確認すると阿久井さんの名前が表示されていた。なんだろうと思いながら通話にして耳に当てる。
「もしもし?」
「月崎さん?急なんだけど、これから出てこれないかな。どうしても会って話したいことがあるの」
「会うって、どこで?」
阿久井さんの指定した場所は鎌倉の外れにある公園だった。今からだと自転車で走って30分以上かかる距離だ。部屋の時計を見ると9時を少し過ぎている。
「さすがに今からは無理だよ」
「無理を承知でお願いしてるの。お願い!」
「電話じゃダメなの?」
さすがに少し苛ついてきた。連絡先だって数時間前に交換したばかりだというのに。
「あたし達、友達じゃないの・・・?」
あー、こういうの苦手。阿久井さんがこんなこと言うタイプだとは思わなかった。
「ごめん、いま忙しいから切るね。また今度話を聞くよ」
面倒くさくなって一方的に通話を切った。
これが阿久井さんと私の、最後のやりとりだった。
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