第9話


 鈴田さんのアパートを出たのは午後8時頃だった。


 本当に色々なことを教えてもらった。初めは興味を示さなかった鈴田さんも途中から私の隣に座ってお姉さんの話を聞き入っていた。


 それにしても・・・。


「本当にみんな、そんなことしてるの・・・?」


 夜空を見上げて呟かざるを得ない。私には刺激が強すぎた。頭の中が熱くなりすぎてる。家に着いたら水シャワーを浴びて頭を冷やそう。


 帰宅してすぐに風呂場へ直行した。全身くまなく水を浴びると、だいぶ冷静になれた。冷静になるとますます私には無理な気がする。


「でも、男子とは普通に寝技はやってたしなぁ・・・」


 そんなことをブツブツ呟きながら風呂を出た。部屋に戻ってしばらくすると、ドアをノックされた。


 返事をするとお父さんだった。ドアを開けて入ってくると、大きめの紙切れを差し出してきた。


「世緒衣、トイレにこれを忘れていかなかったか?」


 なんだろうと思いながら見ると、それはカレンダーの切れ端で、裏には私の字が記されている。


目標 

1 組み付いて倒す。

2 押さえ込む 


 あ、これは昨日書いたアレだ。私が何か言おうとするより先に父が口を開いた。


「世緒衣、ここの書き込まれていない【3】の項目だが」


 はい、そこはいま習ってきたとこです。


「【その状態を20秒キープ。相手が暴れて逃げるようなら絞めか関節技に移行する】でいいだろう」


「うん、わかった」


 カレンダー紙を受け取って机の上に置いた。


 まだお父さんが何か話したそうにしているので「まだ何かあるの?」と訊くと、遠慮気味に口を開いた。


「・・・お前、また柔道するのか?」


 どう答えるべきか。正直いって柔道をするつもりはない。けれどお父さんがいま、私に対してすごく気をつかいながら訊いたのは分かる。

 

「まだちょっと、考えてるとこ」


 私のあいまいな返答に、お父さんは「そうか」と簡潔に返して部屋を出ていった。


 お父さんごめんなさい、と心の中で詫びた。


 私がいま、とことん迷走してることは分かっている。けど今、最優先することは小野塚くんとのことなのです。


 それをクリアしない限り、私は次には進めない。

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