第8話


 俺の第6感が告げている、月崎さんと小野塚の間で何かがあったハズだ。


 始めに断っておくが、俺は月崎世緒衣のファンなどではない。彼女は俺の命の恩人である。すなわち神だ。


 俺は今でこそデブの陰キャになっているが、小学生の時は明るくて運動神経も抜群で、クラスの人気者だった。


 転機は中1の2学期、親の都合による転校だった。神奈川県の湘南の中学校に転校した俺は陸上部に入るとすぐに頭角を現した。先輩達を差し置いて短距離と高跳びで市大会を優勝したのだ。


 結果、俺は上級生に呼び出されて締められた。


 調子に乗っていた分、その鼻っ柱を折られてからは底辺に落ちるまでは早かった。不登校になり、運動していた時と変わらない量の食事をしていたせいで、引き締まっていた体はみるみる太っていった。


 不登校生活が1年を過ぎた頃、俺のストレスは爆発した。何故こうなった。転校さえしなければ・・・親に怒りが向けた時期もあったが、すぐに見当外れだと自戒した。


 外に出よう。考えてみたら転校してからこの町をちゃんと見つめたことはなかった。


 親がまだ寝ている朝の5時に外に出た。さてどこに行こう。藤沢といえば湘南、湘南と言えば海だ。ちょうど夏だし、行ってみよう。


 家から海まではかなり距離があるが電車は使わず、敢えて母親が使っているチャリを出した。


 広い道路に出ると案内標識を見て、江ノ島への矢印がついている方向に進んだ。


 途中コンビニにお茶と菓子パンを買った。すでに小腹は空いていたけど、海を見ながら食べようと決めていた。


 江ノ島に着いたのは6時を少し過ぎた頃だった。海は朝日を反射してキラキラと輝いている。辺りには朝からサーフィンをする人の姿がちらほら見える。


 橋を渡って島に入った。辺りはお土産屋がに並んでるけど開いてる店はない。朝だから当然か。


 不意に上からピーヒョロロと鳴き声がしたので見上げると、大きな鳥が空を旋回している。カラスより全然でかい。あれは鷲か?


 島内の防波堤で朝ご飯を食べることにした。自転車から降りて防波堤の一番端まで行って腰を下ろした。


 目の前が一帯が水平線だ。この景色を見ただけでも今日、ここに来た甲斐があった。

 

 コンビニ袋から先ほど買ったパンを取り出して封を開けた。一口食べようとした瞬間


 ヴァサ!!

 

 すぐ後ろから風を切るような音がして視界に巨大な物体がうつった。


「うわっ!!」


 突然の事にバランスを崩して海に落ちた。瞬間、空が見えた。そこには先ほどの大きな鳥が足で何かを掴んで空にのぼっていた。あれは、おれのパン―――


 直後に着水した。

 

 上下が分からず。やみくもに手足を動かすが水面を見つけられない。鼻と口に海水が流れ込み、体が沈んでいくのが分かる。


 あ、このまま死ぬんだな。思ったほど苦しくないのは意外だった。身体と一緒に意識も海の底へと沈んでいった。


―――夢を見た。小学6年の運動会だ。綱引きで皆と一緒に綱を引っ張っている。いや、普通こういう時に見るのはリレーでアンカーを走った場面とかだろ。視界が完全に闇に覆われた。


 目を開けると、目の前に何か物体がいて、それが口を塞いでいた。


「モガ!?」


 思わず身をよじらすと眼前の物体は離れた。それは人間で、女性で、自分と同じくらいの年齢だった。


 次の瞬間、猛烈に胃からせり上がってくるものがあり、我慢する間もなく吐き出した。液体だ。喉の奥が塩辛い、これは海水か。一通り吐き終えると、誰かが背中をさすってくれていることに気づいた。見ると先ほどの女性だった。


「大丈夫ですか?それにしてもトンビてこわいですねぇ」


 ここで、俺は初めてその女性がとんでもなく可愛いことに気づいた。


 え、この子が人工呼吸をしてくれたのか?この俺に??


 思わず自分の唇に手をやると彼女も察したようだ。


「あ、すいません、人命救助第一だったので、勝手に人工呼吸しちゃいました」


 彼女は申し訳なさそうに言った。その様子が可愛いすぎて頭が破裂しそうになる。


「でも、これってある意味私にとってもファーストキスなので、チャラにしてもらえませんか?」


 ふぁ、ファーストキス?この子の初チューを俺が!?チャラてなに??


「え、あ、いや怒ってるわけではないです」 


 俺はかろうじて言葉を続ける。溺れて死にかけて、まだ脳に酸素が行き渡ってない状態かもしれないが、それでもこの状況が奇跡的なことは分かる。何か爪痕を残すんだ。


「助けてもらって感謝です。お礼がしたいので名前を教えてください」


「えー!お礼なんていいですよっ」


「お願いします、名前だけでも!」


 彼女は少し悩む素振りを見せたがすぐに笑顔に戻った。


「はい、私は月崎世緒衣といいます」


 セオイ?本名なのかそれ。しかし疑う理由はない。


「ツキザキセオイさん、ありがとうございました」


 いえいえー!と両手を顔の前で何度も振った。


 その瞬間、俺だけの神が誕生した。

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