第3話

  失言した。


 昨日の私は完全にどうかしていた。告白したことではない、アヤちゃんに小野塚くんのジュンケツとやらを奪うと宣言してしまったことだ。


 月崎家では代々伝わる鉄の家訓がある。


 それは、ゆうげんひっこう


 人様の前で一度口にしたことは必ず実行しなければいけないということだ。


 柔道場の師範である父は、先代師範である祖父の言いつけを守り続けた。そんな父の娘である私も、当然その意思を受け継ぐべきだと考えている。


 もちろん父も人前で宣言した目標を果たせなかったことはある。


 オリンピックに出場して金メダルを取る、と祖父と母に公言をしていたが、その目標は叶わなかった。


 しかしオリンピックの翌年に開催された世界選手権には出場して銅メダルを取っているので、惜しいとこまでいったのだ。


 しかし父はそれから30年近く経った今でも、酒を飲むと当時の事を思い出し語りをしては悔し涙を流している。正直ちょっと面倒くさい。


つまり我が家の家訓を正確に言い表すと、一度人前で口に出した目標は死ぬ気で達成を目指せ、というものなのだ。


 私は死ぬ気で小野塚雄一のジュンケツを奪わなければならなくなった。


 机と壁の隙間に収められている丸めた紙束の1枚を引き抜いて机の上に広げた。


 役目を終えて切り離されたカレンダーで、柔道に人生を捧げていた小中学時代、この裏にいつも目標や計画を書きだしてい壁に貼り付けていた。


 机の引き出しからシャーペンを取り出して計画を書き込む。


目標 

1 組み付いて倒す。

2 押さえ込む 

 

 小野塚くんは身長も普通で体型もひょろひょろなので、柔道有段者の私なら押し倒す、投げ倒すことは容易だろう。そのまま押さえ込むのもたやすい。しかしその後が分からない。みんな、どこで習ってるの?


 スマートフォンで検索をすればある程度のことは分かるのだろうが、それをするつもりはない。


 中学時代、柔道の国際試合をユーチューブで見て参考にしていたけど、それは私が柔道選手としてある程度のレベルにいたからだ。


 だからこそ、現在初心者の立ち位置にすらいない今の私にとって、必要なのはネットの雑多な情報ではなく、経験者による基本的な指導なのだ。


 本来なら恋愛経験豊富なアヤちゃんに教わればいいのだけれど明日からイタリアに行くと言ってたから無理だ。ちなみに彼女は最初は私を止めていたけど、途中から面白がり始めて


「ラインで逐一報告よろしくね!あ~イタリアいくのキャンセルして~!」


とノリノリになっていた。


「よしっ」


 私は意を決するように声を出すと、計画を書き込んだカレンダーを持って部屋から出た。


 向かう先はトイレだ。私は本気で考え事をする時はトイレに立てこもる。そうすると不思議と良いアイデアが浮かぶのだ。


 トイレにこもって十数分、2ヶ月前のある出来事がフラッシュバックした。


「そうだ、すずさんだ・・・」


 明日、朝一で彼女に会いに行こう。彼女はたしか、小野塚くんと同じクラスだ。

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