不満ガス
狸汁ぺろり
サーカスの夜
テレビ・ニュースが大統領の支持率97%を伝えた。
「投票だ!」
首都の大広場に浮かぶ巨大なバルーン。その根元にある装置からガスが噴射され、バルーンははち切れんばかりに膨らんでいく。
「あとちょっとだ」
大広場に群がった国民は期待のまなざしで、バルーンを見上げてた。
もう少しなのだ。明日もしれない。明後日かもしれない。次のニュースが待ち遠しい。あのバルーンが張力の限界を超えて破裂した時、国民の97%が心から望んで止まない、大統領の辞任が決定されるのだ。
「皆様の本当の民意、批判を示す指標。それがこの『不満ガス』であります」
バルーンを設置したのは大統領その人だった。
ルールは単純。
――国民は誰でも大統領に対する不満を投票することができ、投票数に応じてバルーンにガスが注入される。バルーンが破裂すると大統領は民意を受け入れ、即座に辞任する。投票資格は年齢・性別・収入を問わず、投票は各自治体の役所でいつでも受け付けている他に、インターネットによる手軽な投票も可能。
投票数の制限は無し。いくらでも、何度でも、不満をぶちまけて大統領を辞任に追い込むことが出来る。
国民は喜んだ。ニュースの度に投票した。
税金が上がって投票した。
株価の下落はほんの一時的なものだと言われて投票した。
ボーナスの平均が増額されたと聞いて投票した。
大企業の不祥事にまつわる報道が三日で消えても投票した。
皆、笑顔になった。もうすぐだ。不満のタネはいくらでもある。嘘も不正も疑惑もたくさん。投票すれば希望がある。バルーンと共に期待が膨らむ。早く弾けろ。早く破けろ。くたばれ、大統領。
夜。
バルーンの頂点の一部分だけ、他とは違う生地がある。そこから音もなくガスが抜けている。夜毎行われるガス抜きは、地上の民からは決して見ることが出来ない。
大広場に聳え立つ、大統領夫人所有の高層ホテル。その最上階のプライベートルームでだけ、バルーンから抜けるガスの様子がかすかに見える。
「こんな事をして、バレないだろうね?」
下戸の大統領は夫人のための水割りを拵え、ベッドまで運んでやった。
「母国語もわからない人たちには、一生わかんないわ」
夫人はベッドに寝そべったままグラスを傾け、窓から見える夜景を堪能した。
「バレるも何も、あなたは誰も騙していない。最初から言っていたでしょ? これは『不満』ガスだって」
夫人は微笑む。ガスは虚空へと消える。
民衆はせっせとガスを送る。自らをピエロと知らず。
不満ガス 狸汁ぺろり @tanukijiru
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