5-11

「美味しかったー!」

「食べすぎたわ……」


お腹がいっぱいになる頃にはテーブルの上のデザートは物の見事にからっぽになっていた。


「さっき食べてる時より美味しかったよ!」

「甘いものが好きなの?」

「ううん、お姉ちゃんと一緒に食べたから!」


そんなことを満面の笑みで笑いかけながら赤ずきんは言ってくれる。


「あ、ありがとう」


純粋な好意を向けられることに慣れていない道子はたどたどしくお礼を返しながらなんとなく赤ずきんの頭を撫でてみる。

そんな不器用な返答でも赤ずきんは十分嬉しそうに笑っていた。


「じゃあ行きましょうか」

「どこに行くの?」

「ダンスフロアよ」


いくら食事に時間を使ったからと言って、パーティが終わるにはまだ早すぎる時間だ。きっとダンスフロアはもりあがっているにちがいない。


「踊らないよ? お腹いっぱいだし」

「あなたに見て欲しいものがあるの、ついてきてくれる?」


道子は少しオドオドしながら赤ずきんに向かって手を差し出す。

すると赤ずきんは躊躇することなくその手を握り、椅子から飛び降りた。


「分かった! 行こ!」


そして道子が案内するつもりで手を繋いだのに、前を元気よく走り出した赤ずきんに引っ張られながら、ダンスフロアへと戻ることになった。



ダンスフロアは未だにたくさんの男女が手を取り合って音楽に合わせて踊っていた。


「わー、さっきよりキラキラで人がいっぱいだー」


赤ずきんは煌びやかなドレスやタキシードを着た人が沢山いることに興奮したのか目を輝かせながら道子の手を凄まじい力で引っ張ろうとしていた。


「ちょ、ちょっと待って」


ここに道子がいることがシンデレラにバレたら嫌な予感がする。まあシンデレラは周りなんて気にせずに相変わらず美しくフロアを舞っているのだから、そんな心配はしなくて良さそうだが。


「あんなにずっと踊ってて疲れないのかしら」

「どーしたの?」


本当にシンデレラはずっと踊っているはずなのにそれを感じさせない疲れなんてないみたいに本当に楽しそうに踊っていた。


「なんでもないわ、それより向こうの方に行こっか」


道子はダンスフロアの隅の方を指さしながら、そっちに道子を引っ張っていく。


「どうしてー?」

「なんとなくよ」


道子の制服姿はやはり物珍しいのかこちらの方を訝しげに見てくる人が増えてきている。早いところ目立たない場所に移動した方がいいだろう。


隅の方に移動してきた道子はあかずきんの隣に腰をかがめ、視線を彼女に合わせる。

その一連の行動を赤ずきんは不思議そうな表情で道子の目を真っ直ぐに見つめていた。


「真ん中で踊っている人が見えるかしら?」

「うん、あの綺麗な格好してる人だよね、とっても可愛いね!」


赤ずきんと道子は王子と一緒に踊っているシンデレラを目で追う。


「あの子は今日までひどい格好をさせられてひどい仕打ちを受けながら働いてたの」


道子は手に持っていた布靴を赤ずきんによく見えるように目の前に持ってくる。


「そうなの? そんな風には見えないよ。」

「あなたには今踊っているあの子がどんなふうに見える?」


道子は優しい口調で問いかける。


「うーん、とても楽しそう! 幸せそうに見えるよ!」


誰が見ても今のシンデレラはとても幸せそうに見えるだろう。少なくととも赤ずきんと道子の目にはそう映っていた。


部屋で一人泣いていたあのシンデレラの面影は今の彼女にはどこにもなかった。


「私にもすごく幸せそうに見えるわ。でも私たちがここにいることであの子のあの姿はなくなってしまうかもしれないの」

「そーなの?」

「ええ、だから私たちはここから帰らないといけない。それと……」


道子は次の言葉を紡ぐ前に一瞬口ごもる。これから言うことは全く確証のないことだ。ただそんな気がするというだけで話すことだ。


そんな確証のない言葉を相手に言ってもいいのだろうか。


それでもこの子に伝えないといけない。確実ではないとしてもその可能性があるのなら、後悔しないように目の前の小さな女の子に伝えないといけない。


「お姉ちゃん大丈夫?」


なかなか喋り出さない道子の様子を見て、心配そうに赤ずきんは道子の顔をのぞき込む。


「ええ、大丈夫よ。あのね赤ずきん。あなたがこのままお家に帰らずこのまま色んなところに行くと、あなたも消えてしまうかもしれないわ」

「消えちゃう?」

「そう、あなただけじゃなくて最悪お母さんもおばあちゃんも消えちゃうかもしれないの」


赤ずきんがこのままいろんな童話に行き続けた場合、本来の赤ずきんの物語はどうなるのだろうか。道子が行ったのは仮修理に過ぎなかったのだ。主人公の代わりに主人公と同じことをしても結局赤ずきん自身が自分の物語を受け入れなければいくら修理しても意味が無いのだ。


冷静に考えると主人公がいなくなってしまった物語は存在意義をなくして紙の塵になってしまうかもしれない。図書館を舞っていたたくさんの壊れてしまった童話たちのように……。


「つまりね、このまま遊んでたらお母さん達に一生会えなくなるかもしれないってこと」

「それはやだ!」


赤ずきんはポロポロと涙を流しながら、首を必死に振る。

それと同時に赤ずきんの奥から憲兵が徐々に近づいてくるのが見えた。

いつまでもその場から動こうとしない二人の様子を見て怪しく思ったのか、それか赤ずきんを道子が泣かせているように見えてしまったのかもしれない。

どちらにせよもう時間が無い。


「私はこれからも赤ずきんがいろんなところに行きたいって言うなら私は止めないわ。家に帰るか、このまま旅を続けるかはあなたが決めて」


そして徐々に道子の体の周りが光を帯びる。


「お姉ちゃん!?」

「もう時間がないみたい。あなたがまた別の世界に行くと言うなら、あなたの帰る場所は私が全力で守り抜いてみせるわ」


赤ずきんが戻りたくないと言うなら、帰りたくなるその時まで自分が何度でも主人公の真似事を繰り返して、赤ずきんが帰るべき場所を守り続ける。


そのくらいの覚悟はあった。

そんな中、道子を覆う光はどんどん強さをましていく。


「私……私は……」


赤ずきんは俯く。必死に考えているのだろうか。


「もう時間が無いわ、帰りたいならこの手を掴んで!」


もう一刻の猶予も残されていない。憲兵は間近に迫ってきていて、道子の光ももう道子自身を隠してしまいそうなほど眩しく光っていた。


「私は……お家に帰りたい! お母さんに会いたい!」


赤ずきんはそう叫ぶと道子の伸ばしている手をすり抜けて、思いっきり道子に向かって飛び込んできた。


道子は驚きながらも赤ずきんの小さな体をしっかりと受け止める。


そして光の温かさとはまた違う人の温もりを感じながら、道子はゆっくりと目を閉じる。

そして道子と赤ずきんは淡い光に包まれた。

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