5-10
「つまらない? どうして?」
「同じことの繰り返しなの。お婆ちゃんはすぐ風邪になるし、お見舞いに行けば狼に襲われてるし……。毎回よ? 飽きちゃったから、いつもと違う道を通ってたら、そしたらね! 全然今まで見たことない道とか人とかに出会って、いっぱい遊んでもらってたの!」
遊んでもらってた……。その一言に道子は思わず頭を抱える。
彼女からしたら本を壊してしまっている、図書館を崩壊させているなんて自覚すらなかったのだ。何故か、たまたま本の世界から抜け出すことが出来て、いろんな童話の世界を渡り歩いた。それらの主人公と関わったことで赤ずきんが入った童話は本来進むべき道と違うルートに進んでしまったから壊れてしまっていた……そんなところだろうか。
「でもみんな最後はバイバイも言えないまま消えちゃうの。どんな所に行っても最後は真っ暗だったんだよ……」
そもそもの話、あのお婆さんが何度も何度も頻繁に風邪にかかることが考えられない。それに狼だって、あんなコテンパンにやられてるんだから同じ過ちは繰り返さないはずだ。
「いや、でも、あの狼ならやりかねないわね……」
「なーに?」
「なんでもないわ」
道子は思考を巡らしながらさっき叩いてしまった赤ずきんの頭を撫でる。赤ずきんはただ嬉しそうにえへへと笑っていた。
「お母さんもね、こうしてくれるの。これ好きなの」
こんな純粋な女の子が意図的に物語を壊そうなんて考えそうもない、どうしてもそれは考えられない。
それに同じことの繰り返しということは、童話の世界はループしているということなのだろうか? 物語が終わったあともハッピーエンドじゃなくて、また同じことを繰り返している……。そのことに赤ずきんは気づいていたということなのだろうか。
「これだから童話は嫌いなのよ……」
いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。で終わったあと、誰かが最初のページから読み直すと、彼女、彼らの記憶はリセットされて物語は巻き戻される。それは本当に幸せなことなのだろうか。それは本当にハッピーエンドなのだろうか。
「続きが欲しいわよね……」
「どーしたの?」
「……赤ずきんは元の世界に帰りたい?」
「元の世界? うーん、よくわかんないけど、これまで楽しかったしいろんなとこ見てとても幸せだったよ!」
そんなことをキラキラとした目で語る少女を無理やり連れ戻すなんて道子には出来そうにもなかった。
「でも……お母さんには会いたい。お婆ちゃんにも、あの狩人さんも。みんな優しいの。みんな大好きなの。だから会いたい」
赤ずきんは目を潤ませながらそんなことも口にする。
同じことの繰り返しかもしれない。物語はループしているのかもしれない。それでも必ずハッピーエンドを迎えるのだ。
そして、次のページが開かれるまでは彼女達は何も恐れることの無い幸せな日々を過ごすことが出来る。
でも壊れてしまった本は、崩壊してしまった物語は……修理されていない本は、ハッピーエンドを迎えることも無く幸せな日常を味わうことすら出来ないのだ。
どちらが正しいかなんて分からない。
ただ道子はお母さんに会いたいという、でも色んなものを見てみたいという彼女のことを助けてあげたい。それだけしか考えられなかった。
「あなたに見て欲しい人がいるの」
「見て欲しい人?」
また首を傾げる赤ずきんの手を道子は引っ張る。
「あ、ご飯が……」
「もうたらふく食べたでしょ?」
「うん、おなかいっぱい……。でもデザート食べてない……」
道子は一瞬迷ったあと大きく溜息をつき、赤ずきんをテーブルの前の椅子に座らせる。
すると、すぐさまシェフとメイドが目の前のテーブルを片付けて代わりにケーキやらアイスやら様々なデザートをテーブルに飾り付けるように置いていく。
「すごい高待遇ね……」
それともこの王城の訓練が行き届いているということなのだろうか。
「いただきまーす!!」
その顔に笑顔が戻った赤ずきんはちょっとずつ満遍なくすべてのデザートをつついて口に入れていく。
「おいしーーー! お姉ちゃんもはい! あーん」
気を緩めていた道子は赤ずきんの予想外の行動に思わず言われたまま口を開く。
その中に甘いチーズケーキが放り込まれる。それは甘過ぎず、柔らかすぎず程よい食感で道子の口の中、体中を甘みが伝わっていった。
「確かに……美味しいわね」
心配そうにこちらを見つめてくる赤ずきんに向かって道子は素直にそういう。
「でしょ! お姉ちゃんも一緒に食べよ!」
「……しょうがないわね」
道子は赤ずきんの純粋さに押し負け、苦笑しながら、それでも幸せを感じながら一緒にデザートパーティを楽しむことにした。
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