5-7
二人は、準備万全とばかりに興奮しているロバの背中に乗りかかる。
シンデレラは横向きでロバに腰掛け、その後ろにロバの背中に跨るように乗りシンデレラの腰に手を回す。
「ひゃ!」
「ちょ、ちょっと変な声出さないでよ! こうしないと振り落とされるわよ! 私もあなたも!」
「す、すいません、せっかくのドレスが破れてしまってはと思って!」
それにしても細い。折れそうなほど細い訳ではなく、程よく細いのだ。それに横向きで座る姿。ロバに座っているはずなのにそれすら映えて見えるのが不思議だ。
「じゃあ行くよ! 振り落とされないようにしっかり捕まってね!」
「は、はい!」
「お、お願いね」
「ドレス姿な美人なお嬢さんはしっかり道案内よろしくね!」
「え、び、美人!」
シンデレラがロバの言葉に驚いたと同時にロバは発進する。
「ち、ちょっと!?」
「速くないですかぁ!」
二人の想像以上にロバのスピードは早かった。乙女達の悲鳴とともに凄まじいスピードで王城に向かってロバは走った。
「はあ……はあ……」
「凄かったですね……」
「僕もつい本気を出してしまったよ……」
二人と一匹は王城に着く頃には息切れをして膝に手をついている状態になっていった。一匹の方は膝を全て地につけ、地面を涎まみれにしていたが。
「でも役には立てたかな?」
「パーティは始まってしまってるみたいだけれどね」
それでもロバの全力疾走により予定よりも大分早く王城にたどり着いた。パーティもとい社交ダンスは始まったばかりだろう。
「ありがとう、助かったわ」
「私、楽しめそうです……かね」
王城を前にして多少怖気づいたのかシンデレラの顔が少し強ばっている。
「大丈夫?」
「え、ええ、ただ王城に入るのは初めてで……」
そう言うシンデレラの表情はどんどん曇っていく。
「あ、あれ?」
少し微妙な空気の中、ロバが突然素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの?」
「ぼ、僕浮いてないかい?」
「何を馬鹿なことを」
道子は呆れてロバの足元を見た。
「え!?」
ロバは浮いていた。数十センチ、いや数センチではあるが、確かにロバは浮いていた。動物がひとりでに浮くなんてありえないことだ。
「なんで浮いてるの!」
「僕にもわからないっと、うあ!」
ロバが喋っている間にどんどんとその体は浮いていき、空に近づいていく。
「まさか……」
道子はひとつの可能性にたどり着く。ロバは空から落ちてきた。だとするとこのヘンテコな物語の理屈であれば、空から落ちていくものは空へと帰る。そうなのではないだろうか。
そんなことを考えているうちにもロバはどんどん空へと登っていく。
「あなた戻るのね!」
「どういうことだい!」
ロバは困惑したままどんどん空へと昇っていく。
「ありがとう!」
「あ、ありがとうございます!」
道子の突然のお礼に、それに合わせるように意味のわかっていないシンデレラも頭を下げる。
「だからどういうことなんだいーーー」
その言葉を最後にロバは空の暗闇へと消えていった。
「……行ったわね」
「え、そうなんですか?」
「あとはあなたがパーティに行くだけね」
「……そ、そうですね」
道子の言葉にシンデレラはキョトンとしていたが、その顔に再び暗さが戻る。
「大丈夫ですかね」
「大丈夫よ、きっと何とかなるわ」
「そうですよね……何とかなりますよね……」
シンデレラは不安な様子で一歩ずつ歩き出す。しかしすぐに道子の方に振り返る。
「ありがとうございました。こんな素敵なドレスとここまで連れてきて頂いて。私一人では家から出ることすら出来なかったと思います」
シンデレラは道子に向かって深く頭を下げると、王城の方に向き直し歩き始める。
しかしその背中はやはりどこか暗く、俯いてその背中を丸めながら歩いていた。
「……ああもう!!」
道子は突然大声をあげ、その声にシンデレラは肩を震わせてそのまま立ち止まる。
「上手くいくかなんてそんなのやってみないと分からないわよ! 私になんかわからないし、あなたにも分かるはずないわ」
道子は言葉を並び立てる。思っていたことを口に出し話し出すと、もう止まらなかった。
「それでもいいじゃない、上手く行くか行かないなんて。そもそも上手くいくとか行かないとか何よ、あなたは王子に気に入られたいわけ? そうじゃないんでしょう? それならただ楽しめばいいじゃない、この瞬間を。今から始まる非日常を純粋に楽しめばいいじゃない。むしろ楽しまなきゃ損よ!」
道子はここまでまくし立てると、一度口を閉じる。また自分自身にも返ってくるような言葉を人に投げかけている。
自分でも分かっているのだ、自分もそうすればいいと。楽しめばいいのだ、童話の世界に入るこの場所を、自分に話しかけてくれるあの男子との会話を。
実際楽しんでいるのかもしれない、ただそれを認めたくないだけなのかもしれない。
「そう……ですね」
シンデレラは振り返ると、今までで一番の笑顔で道子に微笑みかけた。
月明かりに照らされて映されたシンデレラは少し紅潮した頬に潤んだ瞳、そして微笑んだ表情、それは今まで見たどんなシンデレラよりも美しかった。
「楽しんできます」
「そうね、楽しんできなさい」
シンデレラは笑顔のままぺこりと頭を下げる。
「あ、そうだわ」
道子はポケットから「鍵」を取り出す。
「役に立つかどうかはわからないけど、せっかくだしあげるわ」
「なんですか、その綺麗な靴は?」
「靴?」
道子がポケットから出した小さな「鍵」はいつの間にか靴の大きさにまで大きくなっていた。
「私はてっきりアクセサリーだと思ってたわ……まさかガラスの靴だとはね」
道子は笑いながらそれをシンデレラに差し出す。
「え! いただけません! そんな綺麗な靴!」
「いいわよ、私が持ってても仕方ないし。似合うと思うし、履いてほしいの」
道子はそう言いながらシンデレラに近づき、ガラスの靴を手渡す。
「本当にいいんですか?」
「いいのいいの、持っていって」
シンデレラは道子の笑顔の行為を断り続けるのは申し訳なく思ったのか、恐る恐るそれを手に取る。
「じゃあその靴は私が代わりにもらっていいかしら」
道子が指さしたのは、ガラスの靴に履き替えるために脱いだシンデレラのボロボロの布靴だった。
「え、こんなもの渡せませんし、持ってても何の役にも立たないですよ!」
シンデレラは手に持っていた靴を何故か振り上げる。
「ちょ、ちょっとどうするつもり!」
「へ?」
何も考えてなかったのか、振り上げた靴を見上げ恥ずかしくなったのか、シンデレラはすっと手を戻すと、ガラスの靴を履いた。
「貰っとくわよ、記念よ記念」
道子はクスクスと笑いながらシンデレラから布靴を受け取る。
「さてと、行ってらっしゃい」
「は、はい、ありがとうございます」
「背中伸ばして! 大丈夫、きっと楽しめるはずよ」
道子は柄にもなく背中を向けて少し体を震わせていているシンデレラの肩を叩く。
「はい! ありがとう、素敵な魔女さん!」
すっと背中を伸ばし目の前の王城内へと続く階段を登りだしたシンデレラはやはりどんな女性よりも一段と輝いていて美しかった。
魔女と呼ばれることにはなんだか納得がいかないが、それもどうでもよくなるほど今のシンデレラを眺めていたかった。
「あ、零時にはちゃんと帰りなさいよ!」
「大丈夫です! 絶対に忘れません!」
シンデレラは顔を振り向かせてニコッと笑うと今度こそ階段を駆け上がっていった。
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