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そこからは完全にシンデレラのおめかしお披露目ショーになっていた。


赤いドレスに、オレンジ色のドレス、明るい色のドレスももちろんその顔に映えて似合っているのだが、黒のドレスにグレーのドレスといった暗めのドレスも案外似合ってるのだ。

雰囲気が落ち着いているからそれにドレスがフィットしているのかもしれない。


「ど、どうでしょうか」


何着目かも分からないドレスを着て目の前に現れたシンデレラを見て道子は思わず息を呑む。


何回もドレスを着たり脱いだりして、疲れていないはずがないのにその顔はこの短い時間で見た中で一番輝いていて、恥ずかしそうながらも笑顔の彼女の顔がきらめいている。


それほどまでに彼女にエメラルド色のドレスは似合っていた。他の色のドレスももちろん似合っていたのだが、この色が一番似合っているように見えた。


「とても綺麗……」

「私も、この色がいいなって思って」


ふふっとシンデレラはやはり少し恥ずかしそうに微笑む。


「お、決まったのかい? いやぁ、この提案を呑んで良かったと思えるくらいには、いやそれ以上に見とれてしまうね」


店主はにやにやしながら二人に近づく。


「お兄さん、ちょっと気持ち悪いわよ」

「魔女っ子嬢ちゃんは厳しいね」

「あ、あの本当にいいんでしょうか? お借りしても」

「ああ、ここまで着てもらったんだ。パーティでしっかりと宣伝してきておくれ」


店主のニコニコしながらかけられた言葉にシンデレラは深く頭を下げる。

魔女っ子というのには激しく同意できない道子ではあったが、そんな様子を微笑ましく眺めていた。


それから店主の好意でシンデレラは少し化粧をして、ドレスを着たまま店を出る。


「本当にありがとうございます。私に出来る限りしっかりと宣伝してきます」

「もう着てるだけで充分宣伝効果はありそうだけどね」

「私もそう思うわ」

「じゃあ、パーティを楽しんでおいで。ただ約束だけは忘れるんじゃないよ」

「はい、必ず。返しに来ます」


シンデレラは店の外まで見送りに来てくれた店主に深く頭を下げる。それにつられて道子も軽く頭を下げる。

店主はそんな二人に軽く手を振ると、満足そうに店の中へと戻っていった。


「さて、それじゃあ行きましょうか」


外はもうすっかり暗くなってしまっていた。しかし今日が特別なのかいつもこうなのか、街は全体的に綺麗にライトアップされていて、充分に明るかった。


「もう始まってるかしら?」

「そうですね、そろそろ始まるんじゃないでしょうか。開始には間に合いそうにないですね」


ドレスを着て、化粧をしたシンデレラは少し自分に自信をもてたのか表情も話し方も明るくなったように思えた。店主の若干気持ち悪かった褒め言葉も効果があったのかもしれない。


「あなたは前向いてた方が綺麗よ」

「え、なんですか?」

「なんでもないわ?それより急ぎましょう」


道子は軽くシンデレラに微笑みかけると、街中を歩き始める。


その時だった。空が一瞬明るく光り、凄まじい衝突音と砂煙を立てながら、道子とシンデレラの前に何かが振り落ちてきた。


「痛い!」

「きゃ!」

「なに!?」

「いてててて……」

「え、あなたは……」


道子の前で尻もちをついている四本足の動物、それは見間違えようもない、忘れるはずがない素敵な音楽を奏でるロバだった。


「どうしてあなたが……?」


道子の頭には疑問符しかわかない。それくらい目の前で突如起こった状況に混乱していた。


「いててて。あれ? ここはどこだ? 確かみんなで家でパーティを開いてたはずなのに……」


ロバはのそりのそりとゆっくり立ち上がると、周りを見渡し、そして目の前でキョトンとしている道子を見つけるととたんに顔を輝かせた。


「お嬢さん! 僕の見間違えじゃないよね! どうして君がここに!?」

「それはこっちのセリフよ……。どうしてあなたがここにいるの?」

「空から降ってきたこの方はあなたのお知り合いですか?」


シンデレラはマジマジと、目の前で道子と言葉を交わす動物を眺めていた。


「ええ、そうよ。でもこんなことはありえないはずなんだけど……」


全く関係の無い物語に別の物語の登場人物、しかも主人公が介入してくる。そんなことがあればすぐにでも引き戻されそうなものだが、そんな気配は無い。


「本当に意味がわからないことばかりね、ここは」


道子はため息を隠すことなく吐き出す。


「どうしたんだい? 困り事かい?」

「ええ、たった今起きていることに大困りよ、どうしてあなたがここにいるの?」

「ごめん、それは僕にもわからないんだ。みんなとあの家でパーティをしてて、ちょっとトイレに行こうと扉を開けたら、宙に放り出されてたってわけさ」


扉を開けたら空に放り出されてるなんて、考えただけでゾッとする。それにあんな高さから落ちたのに、尻もちだけで立ち上がって話をしているロバもロバだ。

やはり物語の登場人物だからだろうか。


「僕はどうしたら帰れるんだろう?」

「それは分からないけど……」


せっかく目の前に現れたのだ。それに道子もロバもどちらも追い出される様子もない。これは何か役にたつということなのだろうか。


「あ、あの……」


ロバの登場により完全に気配が無くなっていたシンデレラがオドオドと道子に話しかける。


「この方はなんという動物なのでしょうか? そもそも動物なのでしょうか? 言葉を交わしてますし……」

「あなたはロバを見た事がないの?」

「初めて、見ました……」


この世界にはロバがいないのだろうか。それともシンデレラが外の世界を知らないだけなのか……。街に出た時も周りをしきりに見渡したりして興奮している様子ではあったが……。

そこで道子は一つの案を思いつく。


「ちょっとひとつ聞きたいんだけどいいかしら」

「僕にかい? なんでも聞いておくれ! あ、でもここのことは何一つわからないからね!」


ロバはこちらを笑わせるつもりで言ったのか黄色い歯と真っ赤な歯茎を剥き出しにしてこちらに笑いかけてくる。


「大丈夫、そんなことを聞くほど私は意地悪じゃないわよ。……私達二人を乗せて走ることは出来るかしら?」

「もちろん、任せてよ!」


ロバは道子の問いに迷うことなくそう答える。

こっちはロバは人を乗せて走るのはもう嫌なんじゃないかとか、二人はさすがに無理なんじゃないかとか色々考えて発言したと言うのに、全く気楽な返答である。


「二人乗せて走れますか?」


道子が抱いていた疑問を代わりにシンデレラがロバに問いかける。


「君たち二人なら余裕さ! もっと重たい荷物とご主人様も運んだりしてたからね!」


ロバは少し遠い目をしながらそう話す。


「そう、ありがとう。シンデレラは王城までロバを案内できるかしら?」

「ええ、それは大丈夫だと思います」


これでロバに乗って王城まで行けるのであれば少しでも長い間シンデレラはパーティを楽しめるだろう。

道子としてもいる可能性が高い王城で誰かさんを見つけることが出来るかもしれない。のんびりと王城に向かっている間に他の物語に逃げられては元も子もない。


「じゃあそうと決まれば早速向かおうか!」


そういいながらロバは甲高く嘶く。こちらを訝しながら、またシンデレラの美しさに見とれつつ見ていた街ゆく人達は一瞬びっくりした様子を見せ、退散するように逃げるように早足でその場から去っていく。やっぱりこの世界にロバはいないのかもしれない。

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