5-5

「お嬢さんがた、いくらなんでもこんなお金じゃうちのドレスは買えないよ……」


二人は絶句していた。さすがに高すぎるのだ。

見たことないような中世時代の洋風な街並みを彷彿とさせる光景。一生のうちで絶対に目にすることないと思っていたそんな光景を見て、確かに道子のテンションはおかしくなっていた。


そして同じようにシンデレラのテンションも上がっていたのか興奮していたのか高かった。

そんな状態で目の前に見える新品のドレス、綺麗なドレスが飾られたショーケースを見て盛り上がっていた二人は、所持金のことも考えずにその店に入ってしまったのだ。


後悔先に立たず。


店の雰囲気からしても何も買わずに出られそうなものでは無い。しかし、最安値のアクセサリーでもこの所持金では足りない。


「こんなに高いの……」

「すみません、ブランド品だってことをすっかり忘れてしまって……」

「こうなったら……」

「何かいい案でもあるんですか!」


道子の何か思いついたかのような表情を見て、シンデレラは顔を輝かせる。

そんな彼女の姿に店の店主は見とれているようだった。


「あなたの家の一階にあったドレスを拝借するしかないわね」

「そんなことできないです! 私殺されます!」


道子の言葉に先程までの笑顔はどこかに消え一気に恐怖の表情が刻まれる。


「あれだけ沢山あるんだから一枚くらい拝借したって分からないわよ」


外に出る時にちらっと見えた開け放たれたクローゼットの中にいっぱいに、敷きつめられていたドレスを思い返しながら道子はそんな言葉を口にする。


「無理ですって! そればっかりは本当にダメです!」


シンデレラはもはや涙目になりながら首をふるふるとふっている。


「……分かったわよ。それにこれから帰ってても間に合わなくなるかもしれないしね」

「あ、ありがとうございます」


街に着いた頃にはもう太陽はその姿を隠そうとしていて、街はちらほらと街灯の明かりが目立つようになっている。今から家に戻っていたら、きっとパーティには間に合わないだろう。


「お嬢さんがた、どうするんだい? せっかく来てもらったんだからこっちとしても何か買って欲しいけど……」


店主はそう言いつつもレジに置かれたシンデレラが持っていたなけなしの全財産を見て、眉をひそめる。


「やっぱり帰りましょう。私が王城のパーティに参加するなんて考えるだけでもおこがましいことだったのです」


そんなことを言いつつも悲しそうな表情を見せるシンデレラの様子を見て、道子は考える。


「……そうね、おじさん少し話があるんだけどいいかしら」

「おじさん? それは俺のことかい?」

「間違えたわ、お兄さん。お願いしたいことがあるの」


道子は若干棒読みで言い直すと、店主を見つめる。


「な、なんだい?」


店主の生返事に道子は少し意地悪げな笑みで返すと、嫌な予感がしたのか店主は一歩その場からたじろいだ。


ちょっとあのいけ好かない執事もどきの管理人に似てきてしまっているのかもしれない。

それだけは勘弁だ。


「このドレス、貸してくれないかしら。このお金で」


道子はレジに出しているお金を片手で押し出すとそんな提案をした。


「な、何を言ってるんだい! レンタルなんてうちはやってないよ!」

「今日だけよ! 本当に今日だけだから!」

「それはいくらなんでも無理があるような……」


シンデレラも必死な様子を見せる道子を若干なだめるように彼女の肩に手を置く。


「今日は大事な日だってお兄さんもわかるでしょ? こんな綺麗な子がパーティに参加させないとか、もったいないとか思わないわけ?」

「そりゃこの子は可愛いが……それでもねぇ」

「わ、私が可愛い!?」

「それに」


道子は二人からの褒め言葉にたじろいでいるシンデレラを無視して、話を続ける。


「こんな凄いドレスを扱っている店主ならこの子が着ているドレス姿、見てみたいと思うんじゃないかしら?」

「う、それは……」


シンデレラは本当に美しい。だからこそ店主もこんなにためらっているのだ。シンデレラに自分のドレスを着せてみたい、そうは思うがお金が足りないので、商売としてもドレスを売る訳にはいかない。


そこで道子の提案だ。

悩んでいる店主に道子はさらに会話を続ける。


「これならどう? 今日レンタルしてくれたら、この子をどう使おうがいいわ。もちろん家畜にするとかって話じゃなくてドレスを着た彼女をってことよ」

「え、それはどういう……?」


シンデレラはキョトンとしていたが、道子のその提案に店主は目を光らせる。


「つまりだ、ドレスを着た彼女を宣伝として利用させていただいてもいいってことかな?」

「え、私が宣伝?」

「そういうことね、どうかしらあなた的には」

「私なんかがお役に立てるのでしたら……」


そのシンデレラの言葉に店主は顎に手を置いて長考を始める。


「これでお互いにとって悪くない提案になったと思うのだけれどどうかしら」

「…………。はぁ、お嬢ちゃんはまるで魔女だね。それかいっちょ前の商人だ。仕方ない、その提案のもうじゃないか」


店主は若干諦めたように、ただどこか楽しそうに二人に向かってほほ笑みかける。

店主からの了承に二人は顔を見合わせた後、笑顔になり表情を輝かせる。


「ただしだ」


店主はそんなふたりの様子を見て、たしなめるように少し声を張り、真顔になる。


「今日中、夜の零時まで……そうだな、大目に見て零時五十九分までかな。それまでにドレスを返却できなかったら料金は倍で買い取ってもらう。借金をしてでもね」


その提案に二人の顔は多少曇る。当然の提案といえば当然だ。こんな高額のドレスを借りてそのまま返されなかったら、店主にとって大損だ。


「シンデレラ、大丈夫かしら?」

「は、はい! 大丈夫です! 必ず時間までにはお返しにあがります!」


シンデレラは真剣な表情で首を縦に振る。


「まあお嬢さんなら大丈夫だとは思うんだけどね。一応こっちも商売だからね、申し訳ないけどこの条件はつけさせてもらうよ」


店主は少し表情を緩ませると、レジに置かれたお金をしっかりと受け取る。


「それじゃあお嬢さん、着付けを始めようか」


そして商売笑顔を覗かせた店主は両手を叩くと、店の奥から様々なドレスを手に持った着付け役のお姉さん達が現れた。


「さあ始めようか」


今度は店主が覗かせる楽しそうな笑顔にシンデレラは若干怖かったのか1歩たじろぐが、その表情は今までになく楽しそうで興奮しているように見えた。

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