5-2

学校についてからというもの昼休みまでの間道子は誰かと関わるわけでもなく、誰かと何かについて会話することなく本当に何もないままたんたんと一日を過ごしていた。


それは何らおかしいことではない。道子にとってはそれが当たり前で、それが彼女の日常だった。そこで痛感するのだ、多少日常に非日常が紛れ込んだくらいでは日常なんてものはそう簡単には崩れないのだ。


「眠たい……」


誰に伝えるわけでもなく道子は呟く。

どういう訳か今日は午前中から凄まじい眠気が襲ってきていた。


昨日はいつも通りの時間に寝た。夢を見て疲れたというものの、その分寝坊してしまうくらいには寝ているのだから睡眠時間は問題ないはずだ。


「朝から体力を使い果たしたのかしら」


最近なにかあると非日常の1部分、いや大部分をしめている彼の顔が思い浮かぶ。都合の悪いこと全てを彼のせいにしていては彼が可哀想だ。


「うーん……」


昼ごはんを食べに行こうと思っていたが、体を起こすのすら面倒になるほど、体は重たく気だるい。


このまま昼休みの間だけでも寝てしまおう。


道子はご飯を食べることを諦めて、この自由な昼休みという時間を活かして仮眠をとることにした。このまま眠たくては授業を真面目に受ける、聞いていることすらままならない。


今寝ておかなければきっと先生の声がいい子守唄になり、授業が終わるまで爆睡してしまうだろう。


そんな分かりやすい結末が見えた道子は空腹よりも眠気を優先した自分をなだめるように、自分自身で出した答えが間違えていないと肯定させるように、小さく頷き机に突っ伏した。


眠気はすぐやってきた。いや元々眠気はあったのだから睡魔が襲ってきた。の方が正しいだろうか。道子は腕の隙間からかすかに漏れる光を感じながら、薄暗闇の中で暗い思考に落ちる前に浅い眠りへと落ちていった。



「道子! 待ちくたびれていたよ!!」


目が覚めてすぐに耳に飛び込んできたのは、焦っているような、それでもその中に微かな余裕を感じさせる男の声だった。


正確には寝ている最中の夢の出来事だから、目が覚めたと言う表現はおかしいのかもしれないが、とても聞き覚えのある声の持ち主の焦った声に気が取られて、そのどうでもいい思考はどこかに追いやられた。


「一体どうしたって言うのよ」


道子は立ったまま閉じていた目を開くと、見慣れたはずの図書館は異様な光景になっていた。

いつも大人しく修理されるのを待っている白紙の童話の本達は本棚から飛び出し空中を散乱していて、宙に浮いている本たちは揃いも揃ってボロボロになっていた。


そしてそれをなだめるかのように走り回っているムーグリルも服はボロボロになり、体中が童話から抜け落ちた、破れ落ちたのであろう紙切れがまとわりついていた。


「あなた、部屋の片付けもまともに出来ないの?」


そんな異様な光景を眺めながらも道子はいつものムーグリルのおっちょこちょいでこんなことになっているのだろうと軽く構え、特に気にしてはいない。


気にするどころか頭上に雪のように降り掛かってくる本の切れ端を払いのけるくらいの余裕はあった。


「違うんだ! あの子がやってるんだ!」

「あの子?」

「まったく! いろんな本に入っては悪さをして既に壊れてしまっている物語をさらに壊して回ってるんだよ!」


確かに言われてみれば宙を舞って中のページをヒラヒラとさせている童話の多くは白紙の状態になっている。壊れてしまった物語はその失ってしまったはずのページだけが白紙になってしまうはずだ。それなのに今道子の頭上やムーグリルの周りを風もないのにヒラヒラと舞っている本の中身はどのページも白紙のように見える。


道子は本がどうなっているのか確かめるために身近を飛び回っている本を手に取る。

すると勢いよくページをめくっていた本は閉じ表紙が見える状態になると、その本は急に大人しくなり道子の手の中にすんなりと収まった。


しかし数秒後、道子の手の中にすっぽりと入ってしまった本は黒い霧を撒き散らしながら彼女の手の中で霧散してしまった。


まるで初めてここに来た時のようだ。いや、それよりも異常かもしれない。

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