『非』日常と日常
5-1
最近の道子の日常。それは少しずつ変わりつつあった。
特別な劇的な変化がある訳では無い。学校では相変わらず一人で過ごしているし、寮内でもいないものとして扱われている節はあるが、道子の内心は以前に比べて明るいものとなっていた。
何が影響しているのかは分からない。ただ認めたくないだけかもしれないが、やはりあの夢が影響しているのだろうか。
道子は太陽が道路を照らす明るすぎる朝の通学路を歩きながら考える。あの夢の影響だけでは間違いなくない。道子には日常の中に入り込みつつあるもうひとつの変化に頭を抱え込みたくなっていた。
「はあー……」
「朝から暗い顔してどうしたの?」
「へ!?」
道子が俯き気味で歩いていると、その顔を覗き込んできた男子がいた。
「ちょっと考え事を……」
「へー、そうなんだ」
道子の前に回り込んできた男子は微笑みながら、そして若干鼻歌を歌いながら道子の横に並んで一緒に歩き出す。
道子のなんの代わり映えのない日常の中に突如として入り込んできた非日常。
それは奇しくもあの夢を見始めた時と同時期に起こった。
道子も夢と現実までを一緒にするような考えはしていないが、偶然で片付けるにはどうにもできすぎている気がして仕方がなかった。
日常はよっぽどの事がないと変化することは無い。前髪を切っても、自分が変わろうとした所で簡単に日常は変化しない。
それなのに今道子の隣を歩く男子、黒田通は道子に話しかけてきてからというもの、ほとんど毎日帰り道を共にして道子の隣を歩いていた。
「珍しいねー、朝にこうやって会うなんて」
「…………」
「あれ? どうしたの? 本当に大丈夫? よっぽど深刻な悩み?」
あなたのことで悩んでるのよ。
そんなことを言えるはずもなく、また顔を覗きこんでこようとする黒田から顔を背けるようにそっぽ向く。
「ちょっと今日は寝坊しちゃったんです」
「あ、また敬語になってる」
「あ……ごめん」
「いいけどさー」
黒田と話す時は基本敬語で話していた訳だが、彼から同級生なんだから敬語はなしにしない?と言われている。
そんな安直に言われてもすぐに実行に移せるほど道子のコミュニケーション能力は高くない。
だから敬語になるのも仕方が無いというものだ。その都度黒田に突っ込まれてしまうのだ。
「この時間に登校してて寝坊ってことは、いつもは本当に早起きしてるんだねー」
「そんなこともないけど……」
「でも寝坊かー、もしかして寝れてないとか?」
寝れていない……。いや寝れているといえばぐっすりと眠れているのだろう。しかしあんな変な夢を見ているせいで、ある意味眠れていないといえば寝れていないのかもしれない。
「そんなこともない……かな」
「ふーん、そっか。……まあ悩みとか言いたくなったら言ってみてよ。何が出来るかはわかんないけどさ」
そう言って彼は道子の方を見て澄んだ顔で笑う。
悩みの種のひとつがあなたなんですけど……。
もちろんそれもまた言えるわけもなく、道子は彼からの純粋な申し出に少し照れながら頬を赤く染めて頷くしかなかった。
「あ、俺の学校あっちだ」
いつもとは反対の方向を指さす黒田。それも当然だ。今は下校中ではなく登校中なのだから。
「そっか」
「道子と歩いていると帰り道も早いけど、登校する道も早いなー、楽しいからだろうなー。また会ったら一緒に帰ってねー」
黒田はそんなことを言いながら手を振りながら、いつもとは違う道を別れる。
道子は唐突に予想外の発言を聞いて何の返答をすることも出来ず、ただ会釈をしてしばらく黒田の背中を見送っていた。
「……はぁ」
道子は明るく去っていく彼の背中を眺めながら未だ解決しそうにない悩みの種に対して再び深いため息をついていた。
そしてひとしきり頭を抱えたあと、少し背中を伸ばして歩き始めた。少し歩くスピードをあげながら、今までよりもほんの少しだけ明るい気持ちで学校に迎える気がしていた。
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