4-6
「お目覚めかい?」
目を開くと目の前には気味の悪い笑みを浮かべ、見下ろしているムーグリルの顔があった。
「これが目覚めだとするなら最悪の目覚めね。そしてなんで私はあんたの膝の上で寝ているのよ」
道子はにこにこしながらだんだんと近づいてきているムーグリルの顔に向かって、ソファの上に落ちていたきれいになった本を拾って彼に向かって突き出し、顔をつき返した。
そしてゆっくりと起き上がると、しわくちゃになっていた服を整えムーグリルと向き合った。
「どうしてあそこで私を戻したのよ。あの物語はまだ完結していなかったわ」
「彼があの行動をとった時点で、この物語は本来取り戻すべき形に戻ったのだよ。君ができることはすべてやったからこの物語にはもう必要ないと判断されたんだろう」
「……聞きたくないけど、あいつはどうなったの?」
「気になるのかい?」
「……別に。私は知る義務があると思っただけ」
「そうかいそうかい」
ムーグリルは微笑みながら道子につき返された本を開く。
「彼はあの後家に入り『ご馳走』を残らず食べつくした……と思っていた。久しぶりに腹いっぱいになった彼は、君と話していた場所で寝てしまったんだ」
「……馬鹿ね」
「まあ聞きたまえよ。その後お母さんが帰ってきて家の中を見て嘆き悲しんだ。しかし古時計に隠れていた一番頭のきれる末っ子が、お母さんにいきさつを話したんだ。そして彼が去っていった方向に二人で向かうと、そこにはなんとびっくり、彼がまだ眠っていたんだ」
「そのしゃべり方やめて」
「軽いジョークじゃないか。そして末っ子は気が付いた。彼の大きく膨らんだ腹が動いていたんだよ。お母さんはまだ子供たちが生きているかもしれないと思って腹を切り裂いた。すると、六匹の子供たちが元気よく出てきたんだ」
「分かったわ。それ以上は聞きたくない」
「そういうわけにはいかない。君自身が言ったんだろう? 君は物語の結末を知る義務がある」
ムーグリルの顔から笑みが消え、道子の目をじっと見据えた。
しかしそれは一瞬で再び彼の顔に不気味な笑みが戻る。
「……わかったわよ。聞くわ」
「お母さんは喜び勇んで、子供たちを家に連れ帰ろうとした。しかしそこで末っ子が提案したんだ。こいつをこのまま野放しにしておいていいの?って。それを聞いたお母さんは子供たちに大量の小石を集めさせて、それを彼の腹に詰めた。そして目覚めた彼はのどの渇きを感じ、水を求めて歩いた。そして湖につき、水を飲もうとしたときにお腹の中の石の重みで彼は……というわけさ」
ムーグリルは静かに本を閉じると、それを左手に持ち右手で道子の頬に優しく触れた。
「なによ」
「君は本当に感情豊かになったね」
道子は知らずうちに涙を流していた。
どうしてなのか道子にもわからなかった。
悲しいのか悔しいのかわからなかった。
この場所は本当によく泣かされる。
道子はムーグリルの手を払い、涙を拭きとり強引に止めると、鋭い目つきで彼をにらみつけた。
「どうして私にこの物語を修理させたの」
「君はもう長いこと感情が動いてない。君の感情は枯れかけていた。このままじゃだめだと思ってね」
「じゃあこの物語を、彼を利用して私の感情を動かそうとしたってこと?」
「それは違うな。その物語は君が選んだんだ。いつもそうさ、僕が選定しているようで本当に選んでるのは道子さ。そうじゃないと素直じゃない君の感情が動くはずがないだろう?」
ムーグリルはにこっと笑いかけると『狼と七匹の子山羊』を頭上に持ち上げると、ゆっくりと手を離した。
するとその本は空中を浮遊している本をよけながら、ふわふわとちょうど一冊分スペースがあいていた本棚へと吸い込まれていき、音もたてず静かにおさまり、その後消滅した。
「やっぱりあなたのことは好きになれないわ」
「僕は君のことが好きだよ。君といると退屈しないからね」
「私は毎回わけのわからないことばかりさせられるわ」
「でも退屈はしてないだろう?」
その時浮かべたムーグリルの笑みは今まで見た中で一番腹の立つ微笑みだった。
「……どうかしらね」
「さあ、そろそろ目覚める時間だ。また修理しに来てくれる日を楽しみにしてるよ」
「私はもうあなたに会いたくないわ」
「心の底から君がそう言える日が来ることを願っているよ。道子はまだここを求めている」
本当に今日はいつも以上にわけのわからないことを言う。
「『図書修理館』は君の心のリハビリセンターだ。いつでもおいで」
道子は彼に背中を向けて出口を目指す。ムーグリルの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
つまらない日常へと再び目覚める前に、感情をむき出しにした彼の顔がいくつも走馬灯のように瞼の裏に映った。
目覚めた後は、もう少し素直になれるだろうか。
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