4-5
一方道子は狼の異様な気配を感じとり、後ずさりを始めた。
「なによ。また怒ってるの? 今度は何がだめだったのよ」
今度はなんだか本当にやばい雰囲気がする。言葉だけでは何ともならないような気がする。
道子は、来た方向とは違う道を走り始めた。
「待てこらあ!」
「やっぱりあいつ私を食うつもりでしょ! ここまで案内してあげたのは誰よ!」
道子は背後に彼の殺気を感じながらがむしゃらに走った。
どれくらい走ったのかもわからない。
ただ急に周りを囲んでいた木々が急になくなり、目に飛び込んできたのはたくさんの小屋が並び立つ小さな街だった。
「なにここ……?」
「逃がさねえぞこらあ! 俺に期待ばっかさせやがって!」
「まだ追ってきてるの!?」
道子は息がきれているなか、弱々しく足を進めると、一番近くにあった小屋の中に逃げ込んだ。
すると暖かい空気と共に、パンの焼けた香ばしい匂いが飛び込んできた。
「パン屋……さん? ちょっとだれもいないの!」
人がいる気配はしなかった。
ただ、このまま入り口で立ち尽くしていると飛び込んできた狼に食い殺されることは嫌というほど理解できた。
「隠れなきゃ……!」
道子は周りを見渡し、すぐ近くにあった大きな古時計の中に身をよじって入り込んだ。
「待てこらあ!」
狼は意気込んで、道子が入った小屋の中に飛び込むとパンの甘い匂いと共に、奇妙なほどの静けさが彼を襲った。
「くそどこにいきやがった!」
彼は机の上に並べられてあったパンを手当たり次第につかみ口に放り込みながら、周りのものを破壊し始めた。
「どこにいるんだ! こんな小麦の塊じゃ腹はいっぱいにはならないんだよ!」
狼は道子が隠れている時計からは離れていき、キッチンの中に入ると焼いていないパンにまで口に放り込み始めた。
「くそねちゃねちゃしてんな!」
いったんその場に立ち止まった彼は、遠吠えをすると爪を立てその場で再び暴れ始めた。
そしてキッチンにあった小麦粉の袋が盛大に破け、部屋中に小麦粉が舞う。
しかしそんなことを気にする様子もなく、物を壊しまくり気が付くと体中が真っ白になっていた。
「はあ……はあ……」
一通り壊すものがなくなったのか、狼はその場に座りこみ、息を整え始めた。
「くそ、どこにもいねえじゃね……えか……」
彼は自分の手を見つめ、その後足元を見ると急ににやにやしはじめた。
「ハハ……ハハハハハハハハ!!」
狼はその場で飛び上がると、高笑いをしたまま思い出したように喉元をさする。
「あー……あーー……よし、声もいい感じだな」
大きく伸びをすると、狼は軽く屈伸し小屋から凄まじいスピードで飛び出していった。
「……なんなのよ」
道子は小屋の中から彼の気配がなくなるのを感じると、ゆっくりと時計の中から這うように出た。
「なによ、これ……」
真っ白になった部屋を見渡し、白い足跡があの家の方向に向かっているのをみた道子はどうして狼が突然怒り出し、家に入れなかったのかを悟り彼を追いかけるために小屋を飛び出した。
「こんなむちゃくちゃな話でいいの!? このままじゃあいつ主人公どころか悪役じゃない!」
道子は右往左往している白い足跡を無視して、いまだに煙がたっている家に向かって走った。
そしてたどり着くと同時に勝ち誇ったような顔で扉の前に立っている狼の姿があった。
「ママよー! お腹をすかせた坊やたち開けてちょうだい!」
「ちょっと!」
道子は彼の声を遮ろうとしたが、その声は届くことなく鍵が開く音がその場に不気味なほど響き渡った。
その音を聞いた狼はドアノブをゆっくりと掴むと、満面の笑みで真っ白な牙を剥き出しにしながら道子がいる方に顔を向けた。
そして彼は「さんきゅー道案内」と言うと、思い切り扉を開け放ち家の中に飛び込んだ。
その後聞こえてきた雄叫びや悲鳴は道子の耳に届くことなく、彼の最後の声が延々と頭に響いていた。
「私は主人公を正しい物語に導くんじゃなかったの? このままじゃ、このままじゃあいつは……」
別に彼に好意があるわけではない。
でも、ここまで苦労して連れてきたんだ。主人公にならなくてどうするの。
道子はそう考え始めると、いてもたってもいられなくなり家の中に乗り込もうと、一歩踏み出したがその瞬間に目の前の景色がゆがみ、道子の視界はぐるぐると回り始めた。
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