4-4
一時間ほど歩くと二人は、少し開けた場所に建てられた大きな家の前に立ち尽くしていた。
「大ビンゴじゃない」
「俺は今にも倒れそうだけどな。これで肉がなかったらお前を食う」
「そんなことはごめんよ」
道子は軽く手を振ると、狼に背を向け立ち去ろうとした。
「おい、どこにいくんだよ」
「私は役目を果たしたから帰るだけよ」
「そ、そうか」
狼は少し困惑した声を道子の背中に投げかけたが、道子はそんなことを気にすることもなく、森の中に戻っていった。
しかし森の中に入った途端道子は、振り返り家の前で立ち尽くしているアヴァリトルの背中を見つめた。
「このまま帰れるわけがないじゃない。一時間も歩いたのにその結末を知らないままなんて気持ち悪いじゃない」
道子はぶつぶつ言いながら、草陰に隠れるようにその場にしゃがむと狼の行動を見守った。
狼は道子の潔さに動揺しながらも、家の前についたときから鼻に流れ込んでくる生肉の匂いにより、狼の空腹はピークを迎えようとしていた。
「なんでこんなに匂ってきやがるんだ」
とんでもないご馳走がこの家の中に潜んでやがるのかもしれねえな。
狼は家に一歩ずつ近づくごとに、だんだんと強くなっていく匂いにつられるように、彼はドアノブに手をかけた。
ガチャ。
「……ああ?」
再度ドアノブをひねるが、その扉が開く気配はなかった。
「くそ、鍵がかかってやがるのか」
狼は家の中の様子を探るために、特徴的な大きな耳を扉に引っ付けた。
『ねえねえ鬼ごっこしようよ』
『こんな狭い家の中で? それなら外に行こうよ』
『ママには外に出ちゃだめだって言われてるでしょう』
『そんなことよりさ、今誰かドアを開ける音がしなかった?』
「なるほどな、こいつらは留守番中の子供ときたところか。なら、こっちにも手があるってもんだ」
狼は家から一歩離れると、大きく息を吸い込むとこう叫んだ。
「ママが帰ってきたわよ! 可愛い坊やたちここを開けなさい!」
「なにやってるの、あいつは」
扉の前で不審な行動を繰り返したあげくに、虚言を吐いた狼を見た道子はあきれたようにため息をつく。
「あんなしゃがれた声でだまされるわけがないじゃない。素直に言って、食べ物を分けてもらえればいいのに」
その時道子の頭の中にもう一つの可能性が思い浮かぶ。
「いや、でも彼は主人公よ。そんなことがあるわけがない」
道子は狼が家に向かって叫んでいる様子が見てられず、背を向けようとしたが茶色の毛に覆われた顔を真っ赤にした狼は道子のもとに突き進んできた。
「あいつ、はらいせに私を食うつもりじゃないでしょうね!」
道子はいつでも逃げられるように立ち上がると、ポケットに突っ込んだ武器にもならないチョークを手に持ち、狼を迎え撃った。
「おい! 入れなかったらご馳走もくそもないじゃねえか!」
「鍵がかかってるなんて知っているわけがないじゃない!」
「あんないい匂いがプンプンしているのに、一口も食えないなんて新手のいじめだぞ!」
「そりゃそんなしゃがれた声で、ママだよーなんて嘘ついて誰が信じるのよ!」
「誰がしゃがれた声だよ!」
狼は道子にまくしたてているうちに、だんだんとその距離は狭まっていた。
「それに子供ならママだっていったら、どんな声してたって喜んで開けるだろうが!」
「子供もそこまで馬鹿じゃないわよ! それにさっきから唾が飛んできてるし近いから獣臭いのよ!」
道子は左手で顔を庇いながら距離をとると、右手に握りしめていたチョークを狼に向かって投げつけた。
「ぐわ! ふぁにふんふぁよ!」
「どんなしゃべり方してんのよ」
道子は恐る恐る左手をおろすと、彼はよっぽど大口を開けて叫んでいたのか道子が投げたチョークが縦に入っていた。
そして狼は顔をゆがめながらそれをかみ砕くと、飲み込んでしまった。
「なんで食べちゃったのよ……」
少し顔をゆがめたままのどのあたりをさすった狼は、この世のものではないものを見るような目で道子を見た。
「投げたことは謝るけど、吐き出せばよかったじゃない」
道子はあまりにもびっくりした表情を浮かべた狼に少し不気味さを感じ、彼から少し離れた。
「……なんてもの食わすんだよお前。腹減ってるやつに食べれそうなもの投げるんじゃねえよ」
「チョークのどこが食べれそうなのよ……てあんた声が!」
「あ? ……あ!? あーーー!」
「うるさいわよ!」
狼の声は道子が持っていたチョークを食べてしまったせいか、透き通った高い声に変わっていた。
「なにその女の子みたいな声……」
「お前よりよっぽど女性っぽい声なんじゃないか?」
狼はにやにやしながら道子に近づく。
「うるさいわね、余計なお世話よ」
「待てよ……これなら」
一瞬神妙な顔つきをした狼は、素早く身をひるがえし再び家に向かって猛ダッシュでかけていった。
「何なのよ……」
「これならいける! 飯が食えるぞ!」
狼は家の前で急ブレーキをかけると、一応ドアノブに手をかけ鍵がかかっていることを確認した。
「くそ、やっぱりだめか」
狼は舌打ちをしたが、すぐに顔はにやにやしたものに変わっていた。
「ママが帰ってきたわよ! おいしいご飯を作ってあげるからこの扉を開けてちょうだい?」
そういうと狼はすぐに扉に耳を引っ付けた。
『ママが帰ってきた!』
『ご飯を作ってくれるって!』
『でもママあんな声だったっけ?』
『みんなちょっと待って』
『どうしたの?』
『早く開けてあげようよ』
『扉の隙間を見てよ』
その声と一緒に狼も自分の足元に目を向けたが、そこはいつもの毛むくじゃらの茶色の毛に覆われた自分の足があるだけだった。
「なんだ?」
『ママの足はこんな茶色じゃないよ!』
『ママじゃない!』
『帰れ!』
「一人子供じゃないのが混ざってるだろう!」
どんだけ洞察力あるんだよ!
完全に頭に血がのぼった狼は、こちらを見つめてくる道子の方に振り向く。
「めんどくせえ。もうあいつを食えばいいんじゃねえか。もういい。食ってやる」
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