4-3

 周りに感じていたほのかな暖かさが消えていくのを感じながら目を開けると、大量の葉を茂らせた木々が道子を囲っていた。


 道子はなぜか高まっている鼓動をおさめるために、深く息を吸い込むと新鮮な空気が体中に広がり、代わりに体内に溜まったよどんだ空気を口から吐き出した。


「……さてと何から始めればいいのかしら」


 道子は右手に握りしめていたチョークをポケットに押し込むと、とりあえず周りを見渡す。


 するといかにも行き倒れている茶色の服を着た狼が、少し離れたところにある大木にもたれかかっていた。


「絶対あいつよね。だって狼が服を着ているはずがないもの」


 道子は軽くため息をつくと、肩を激しく上下させている狼に近づいていった。


「あなたが空腹で倒れている狼よね?」

「あ? 俺に喧嘩売ってんのか? 食うぞ」

「食われないわよ」

「お前なんか一飲みなんだよ」

「ずいぶんと弱々しい声で威勢のいいこというのね」

「いちいち腹の立つやつだな」


 狼が道子の顔を見上げにらみつけていたが、道子はそれを冷たく見下ろした。


「私はあなたのお腹を膨らませてあげられる可能性がかなりあるんだけども」

「ホラふくんじゃねえぞ」

「あなた馬鹿なの? 分かりやすすぎる目印があるじゃない」


 道子はそういうと、大木から少し離れ遠くのほうで煙が立っている場所を指さした。


「ああ? あんなところに何があるんだよ」

「煙が立っているんでしょ? てことは家か工場があるってことでしょう? そしてその中では確実に人がいる。人がいるってことはそこに食べ物がある可能性が高いってことじゃない?」

「なるほどな。確かにお前の言う通りかもしれねえな。でも俺は肉以外は食えねえんだよ」

「ぜいたくね。あそこが家なら肉の一つや二つはあるでしょう」


 狼は道子のその言葉に耳をぴくっと動かし、ようやくもたれかかっていた体を起こした。


「動く気になった?」

「ここにずっといるよりかはましだろう」

「じゃあいくわよ。時間がないの」

「俺の時間は腐るほどあるけどな」


 狼は自嘲気味に笑うと、ゆっくりと立ち上がった。


「これ以上お腹すいても私だけは食べないでよね」

「お前を食べないっていう保証はできないけどな」


 狼は口を大きく開くと、にかっと笑った。


「……やっと獣らしくなったじゃない」


 こうして狼と人の奇妙な散歩が始まった。

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