4-2
「疲れた……」
道子は眠った後にいつものように訪れていた『童話修理館』のリビングのソファーにだらしなく寝そべっていた。
「道子がここに疲れて訪れるなんて珍しいね。向こうで何かあったのかい?」
「そんなこともないでしょ、失礼ね」
精神的に疲れた時にここに訪れるのだから、きっとここに来るときは疲れているはずなのだ。
しかし確かに今日は疲れの度合いがいつもとは段違いの気がする。体も疲れているのだろうか。もしかしたらこんな夢を見ているわけではなく、しっかりとした睡眠をとるべきなのかもしれない。
「全部あの人のせいだわ……」
「お、その様子だと人と話したのかい? それは本当に珍しいね」
道子はそんな失礼なことを悪びれた様子もなく言うムーグリルに向かってソファの上に乗っていたクッションを投げつける。
しかしそれはムーグリルまで届くことなくて前で落ちてしまった。
「突っ込みもいつもより弱々しい。本当に疲れているようだね。大丈夫かい?」
「あなたに心配される方が珍しすぎて疲れるわよ」
「それは失礼な。僕はいつも道子のことを心配しているよ」
「それはどうも……」
ムーグリルはそんな道子の様子がおかしかったのかくすくすと笑いながら、首を傾げていた。
「それよりも道子」
「何よ」
「前髪切ったんだね」
道子はムーグリルの一言で再び体が重くなるのを感じる。
「それは言わないで」
「なんでだい? 似合ってるじゃないか、いいと思うよ」
「もう今日はその話はいいのよ」
「もしかして……前髪を切ったことを誰かに言われたのかい!?」
「そんなびっくりするようなことかしら!」
ムーグリルの驚きように道子は思わず寝そべっていた体を起こして突っ込んでしまった。
しかしその後再びソファに倒れこむ。
「でも進歩じゃないか、外見を変えてそれについて触れてくれる人がいるなんて」
「あなたが私の何を知っているっていうのよ……。それに進歩どころか大躍進よ。初めて会話をした人にそんなこと言われるんだから」
「初めて会話をした人に言われたのかい! 道子大丈夫だったのかい?」
「そうよ、それも男子にね」
「男子に! それは本当に、大躍進だね。そりゃ道子の精神もこんなに堕落してしまうわけだ」
「あなたは私のことを一体何だと思っているのよ」
「道子は道子だよ」
「何よ」
道子は突っ込むことも疲れて、力ない返事を返してしまう。
「疲れているところ申し訳ないし、実に言いにくいことなんだけどね、道子」
「今日も修理しろっていうんでしょ、わかってるわよ」
ムーグリルが道子の前に現れる目的などたった一つ。童話の修理をしてほしいから現れるにすぎないのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「道子、今何かとても失礼なことを考えているんじゃなかったのかい?」
「そんなことないわよ。他人の話を修理する前に私自身の話を何とかしてほしいわね」
「道子……」
「な、何よ」
ムーグリルのいつもと違う少し低い声色に若干ビビってしまう道子。
「それでうまいこと言ったつもりかい?」
「何がよ!」
一気に緊張していた体の緊張がほぐれて気が抜けた道子は似たような返事をしてしまう。
「毎回こんなんところに連れてきて、最終的にどうしたいのよ……」
「まるで僕が君を無理やり連れてきたような言い草だな」
「違うの?」
「君はここに望んで足を運んでいるんだよ」
ムーグリルは唐突にトーンを落としながら、それでも気味の悪い笑みを浮かべならそんなことを言い始める。
彼の手元にはいのまにか一冊の本が握られていた。
しかしその本は空中浮遊をしている本達と同じように、中身が欠けていた。
そして握られている本はいつも違う。
「それで? 今日は何の本を修理すればいいの?」
「今日はずいぶんと話が分かるんだね」
ムーグリルは気味の悪い笑みを一層濃くすると、手に持っていた本を道子に差し出した。
「今日はずいぶんと困ったことになっていてね。狼が迷子になっちゃったのさ」
「……話の趣旨が見えないのだけれど?」
「狼は空腹で困っている。そんな彼のお腹を満たしてほしいのさ。ご馳走が待っている家までね」
「迷子になった子を目的地まで送り届ければ、その本は修理できるってことなのね。でも、狼が主人公なんて珍しいわね」
「そうかい?」
「でも本当に毎回に疑問に思うわ」
「何がだい?」
「どうしてこの修理館の管理者が修理できないのかってことよ」
彼ができるのは物語に入るための『鍵』と、修理された本を整理することくらいだ。
「本当に一番大事なことはできないなんて……」
「何か言ったかい?」
「いえ、別に」
道子はムーグリルから顔を背けると、本棚に並べられた新冊のようにきれいな本達を眺めた。
「そうかい? じゃあ今回も期待しているよ」
「はいはい」
道子はムーグリルが本を持っていたほうの逆の手に持っていた『チョーク』を顔を背けたまま受け取った。
「これが今回の鍵なの?」
「そうみたいだね、使い方はいつも通り道子次第さ」
「また丸投げするような言い方するのね」
「そう言ってる割に君はここに来るといつも楽しそうな顔をするね」
道子はムーグリルから本を受け取った時から、いつのまにか自分が微笑んでいることに気がついていた。
「……まあ、毎日同じことを繰り返すよりは楽しいのかもね」
道子はムーグリルに顔を向けなおし、少し微笑むと本を開きチョークを挟んだ。
そして本を閉じると、道子の体全体を淡い白い光が包みこみ目の前の気味の悪い笑みがかすんでいった。
彼は相変わらずの笑みを浮かべながら道子を送り出していた。
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