3-12

「……やってくれたね道子」


 帰ってくるなりそんな小言が聞こえてくる。道子はそれを意識半分に聞きながら、戻ってきた童話修理館の絨毯の上に座り込んだ。


「どうすればよかったのよ」

「何がだい?」


「私が悪いみたいに言うけれど! あの展開以外にいったいどうすればよかったのよ! それに私はあの物語が悪いなんて思わない、いいじゃない、あの家で音楽を奏で続けてもそれだって素敵なお話の一つじゃない! 誰がブレーメンまで向かうと決めたの? 誰が目的を達成しなければ綺麗なお話じゃないと決めたの? これを書いた作者? じゃあそんな話なんてくそくらえよ!」


「道子、それはただのクレームだ」

「そうよ! 私はあの物語がいいと思ったわ。私は今回は何も悪いことをした覚えはない! でもあなたはやり直せというのでしょう? 正しい結末ではないから。じゃあ正しい結末っていったい何よ」


 道子は感情のままに今の思いをムーグリルにぶつける。本当は自分の甘さが、弱さが一番悪いと自覚しているはずなのに、それでも誰かにぶつけなければ自分がつぶれてしまいそうだった。


「道子」

「なによお」


 叫び疲れた道子はうずくまりその場で泣き崩れる。


「物語は完結したよ」

「……え?」

「『ブレーメンの音楽隊』はちゃんと完結しているんだ。あれでこそ真の物語なんだよ」

「でも……ブレーメンには到達していないわ」

「そうだね。四匹の動物たちは朝まで踊りあかして音楽隊に入るよりかみんなで一緒に演奏しているほうが何倍も楽しいと気づいたんだ。そしてそのままその家に住むようになって、夜な夜な楽しい音楽を奏でるようになる。この話はそういうお話さ」


 ムーグリルはさっきまで感情をぶつけていた道子にそう優しく話しかける。


「でもあなた、やってくれたねって、怒ってたじゃない」

「僕が? ははは、まさか。よくやってくれたねって意味で言ったのさ。道子は勘違いしてしまったみたいだけれど」

「じゃあ……あの音楽は、あの恩返しは残り続けるのね」

「そうだ。あの音楽ができたのは他の誰でもない道子のおかげさ」


 ムーグリルはそう言いながら道子のところに近寄りしゃがむと、優しく彼女の頭をなでた。


「よくやったね、道子。修理はうまくいったよ」

「…………」

「そんなに嬉しかったのかい? それとも悔しかったのかい?」

「……それなら」

「道子?」


「それならそうと早く言いなさいよ!!」


 道子はムーグリルの手を払いのけると、勢いよく立ち上がった。


「私ばかみたいじゃない! 一人で勝手に失敗したと思って! 後悔したくないと思って、消えると分かっていても恥ずかしいこと言って! それが本当は全部正しいルートだってわかりながらあなたは私の話を聞いてたわけでしょう? それじゃ私ばかみたいじゃない!」


「でも帰ってくるなり泣いているもんだから驚いて。それに話す隙を与えてくれなかったじゃないか」

「泣いてなんかないわよ!!」


 道子は頬に残っている涙の痕をぬぐいながらそう叫ぶ。


「それは無理があるんじゃないのかな」


 ムーグリルも立ち上がりそんな道子の様子を苦笑いで見つめる。


「うるさいわね! ちゃんと正しい方向に進んでいるってわかっていればあんなこと話さずにさっさと戻ってきたわよ!」

「それは嘘だね」

「何がよ」


 ムーグリルの一言に道子はムッとして反抗する。


「いくら恥ずかしがろうと、正しいルートだと分かっていたとしてもきっと道子は同じことをちゃんとあの子たちに伝えていたと思うよ? そうじゃないのかい?」

「…………」


 それはムーグリルの言う通りだった。たとえ正しい物語に進んでいると分かっていても道子は同じことを伝えていただろう、自分の言葉で。それくらい感動していたのだから。


「図星だろ?」


 ムーグリルは意地の悪い笑みを道子に向ける。


「それでも戻ってきてからあんたにあんな醜態を向けることはしなかったわよ!」


 道子は勢いのまま気味が悪い笑みを浮かべているムーグリルの顔めがけてパンチした。

 しかしそれはいとも簡単に彼の片手で防がれてしまう。


「まったく道子は素直じゃないなあ。ほんとは僕の胸の中で泣きたかったんじゃないのかい?」


 防いだ片手の横から顔をのぞかせるムーグリル。その顔は完全に笑っている。


「誰が! あんたの腕の中で泣くならロバの口の中で泣く方がまだましよ!」

「ははは! やっぱり道子はこうでなくちゃ」

「何がよ」


 何がおかしいのかムーグリルはずっと笑っている。道子は彼に弱みを握られたようなものだ。あんな醜態を彼の前でしてしまうなんて。本当に失態だ。


「もう、いいから。物語は修理できたのでしょう? 早く帰してよ」

「余韻に浸らなくていいのかい?」

「……忘れたくないのよ。起きてもあの歌を」

「……そっか」


 ムーグリルはさっきまでの意地悪い笑みではなく、柔和な微笑みを道子に向けてくる。


「何よ」

「いや、道子もずいぶん変わったなと思ってね」

「……ここではね」


 現実に戻ればいつもの存在してもしなくても変わらない道子に逆戻りだ。


「またいつでもおいで。僕はいつでも君を歓迎するよ」

「修理してほしいだけでしょ」

「それはどうかな」


 ムーグリルは再び意味深な笑みに切り替えると道子を現実に戻れる廊下へと案内した。


 ここから戻ることが少し寂しい。できることならここにずっといたい。

 でもどこか晴れやかな気持ちで道子は光へと向かって歩き始めた。

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