3-11

 結局途中から大騒ぎの歌いながらのパーティー状態になりながらしばらくしてみんなさすがに疲れて、演奏をやめた。疲れているはずなのにみんなの表情は笑顔で今を満喫していた。

 もちろん道子も同じだった。


「……どうだったかな?」


 少ししてロバは少し不安そうに尋ねてくる。

 道子の応える言葉はもう決まっている。


「最高だったわ」


 ここで今の感情を隠してしまうのは無粋というものだろう。それにもったいない、この感情を表現しないのは限りなくもったいない。


「本当に。最高の恩返しよ」


 その道子の言葉にロバだけではなくて周りの全員がより一層笑顔になる。


 こんな時が永遠に続けばいいのに。道子はそう思っていた。

 ただいつだって終わりはやってくるのだ。終わらない物語は存在しない。


「じゃあ僕の目的は達成されたわけだ。ブレーメンに到達しなくてもね」


 ロバは満面の笑みを道子に向けながらそう言う。


「え、じゃああなたはこれからどうするの?」

「そうだなあ。どうしようか」


 道子は突然不安に襲われた。なんとかブレーメンに向かわせるようにしなければ。

 でも彼女はそう思いながらももうこのままでもいいかもしれないとも思い始めていた。変に現実に戻ってしまうよりもここでみんなと踊りあかしているほうが何倍も楽しいような気もする。いや実際そっちの方が楽しいだろう。


「ここで音楽を作り続けるっていうのはどうかな」


 ロバはそんな道子の心境など知る由もなく、みんなにそう提案する。それを否定する言葉は今の道子には見つけることはできなかった。


「それはいいですね。別に音楽隊に入らなくともみんなとならいい曲が作れそうです」

「こうして一曲はできたわけだしね」

「で、でも家主が帰ってきたらどうするのよ」


 道子はようやく否定的な言葉を口にする。それは本心からほど遠いものと知りながら。


「うーん、確かにそうだなあ」

「私たちで何とか説得してみましょうよ」

「説得なんてできるの?」

「それはわからないけど……」

「そうだ、さっきの曲を披露してみましょうよ」


 道子の思惑とは全く違う方向に話は進んで行く。鶏とロバの会話を犬と猫はほほえまし気に眺めている。


「あなた達はいいの? ブレーメンを目指さなくても」

「僕はみんなと一緒だったらどこでもいいです。それにここで歌うのはとても楽しいです」

「私もです。音楽隊に入ってみんなとバラバラになるかもしれませんしね。そうなるよりはみんなと一緒のほうが私もうれしいです」

「ありがとう、みんな。じゃあ頑張ってここの家の人を説得するにはどうするか考えてみようか」


 どうやらロバの方針でやるべきことは固まってしまったようだ。そこに道子が入る隙はありそうもなかった。


 これはやり直しになるのだろうか。ただ道子はこの物語をなかったことにはしたくないと思った。この話は素晴らしい。道子自身体感しているから余計にそう思ってしまうのかもしれないが、道子はどうしても自分のために素敵な演奏をしてくれたこの話をなくしてしまうのはどうしても嫌だった。


「お嬢さん、そういうわけで僕たちはここで暮らせるようにもうちょっと頑張ってみることにするよ」

「そ、そう」


 もう道子は何も言うことはできない。そっと立ち上がるとロバをまっすぐ見つめた。


「あれ、もう行ってしまうのかい?」

「そうね、外も明るくなってきたみたいだし。私はそろそろお邪魔しようかしら」


 なくなってしまうかもしれないこの話が寂しい、悔しい。そんな思いを悟られないように道子はいつもの調子でそう答える。


「そうか。それはさみしいな。でもお嬢さんに甘えてばっかもいられないしね。本当にわしをここまで導いてくれてありがとう。感謝している」

「私も……何でもない。行くわね」


 道子は短くそう返すと、部屋の扉に向かって歩き始めた。何か手はないのだろうか。この物語をこのまま残しておくための何か手は。


 考えても答えが出なかった。道子はただその場から逃げ出すしかなかった。

 扉に手をかける。しかしどうしても伝えたくて道子は振り返り、ロバのほうに向き直す。

 道子の泣きそうなでもまっすぐな表情に対し、ロバは柔和な笑顔を向ける。


「どうしたの?」

「本当に……本当に素敵な恩返しをありがとう。最高に幸せだったわ。私は忘れない、あなた達の演奏を絶対に」


 道子は途中で恥ずかしくなり泣きそうになり再び扉のほうに向きなおってしまう。

 しばらくの沈黙。ロバたちの表情は見ることができない。


 このまま去ってしまおうと、ドアノブに手をかける。

 すると再び静かなあの音楽が背中から聞こえてきた。その声は嬉しそうで少しかすれていた。


 道子は今度こそ完全に扉に手をかけ開け放つと、ロバたちに背を向けたまま部屋を出た。今この顔を見られるわけにはいかなかったから。この涙まみれの情けない表情を決心したみんなに見せることはできなかったから。


 扉を閉めても、その向こうから音楽はまだ聞こえてくる。

 そしてだんだんと道子の体の周りを淡い光が覆い始めた。


「……」


 光はどんどん強さを増していく。


「……私やっぱりこのままじゃ」


 振り返り、部屋に戻ろうと扉に手をかけた瞬間道子の体は完全に光に包まれ、そして視界がゆがんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る