3-10

そんな時ロバたちが出ていった扉が開き、四匹の動物が道子の前に再び顔を出す。

 四匹のあまりにも真剣な表情に道子も少し緩んでいた表情を引き締める。


「ど、どうしたの」


 ここに来てから全員の雰囲気に押されすぎな気がする。


「できたんだ」


 ロバは道子が雰囲気に気おされてることに気づいていないのか、さらに暗い感じを表情に醸し出していた。


「いったい何ができたのよ」


 よく見ると周りのみんなもどこかさっきより、いや明らかに暗い表情をしていた。いったい道子が見ていない間に何が起こったというのだろうか。


「楽譜が……」


 ロバはそこまで言うと言いよどみ、一瞬顔を伏せてそれから決心したように顔を上げてこう言い放った。


「楽譜ができたんだよ!」


「そ、そう。楽譜なら元からできたと思うけれど?」


 ロバが決心して言い放った一言を道子は何とも間抜けな一言で返してしまった。その一言で四匹の顔が少し緩んだような気がした。


「せっかく緊張しまくっていった一言なのに。まったく……お嬢さんにはかなわないな」


 ロバはさっきまでの暗い表情から一変して、柔らかい表情に変わる。


「どういうこと? それにみんな怖い顔をしていたのは緊張していたからなのね」


 雰囲気的に暗くなっていたのは何か悪いことが起こったわけではなく、ただただ緊張していただけということだったのだ。


「そら緊張するさ、お嬢さんに披露する音楽が出来上がったんだから!」

「私に披露する音楽?」


 そんな話は聞いていない。いきなりそんなことを言われるとこっちだって混乱してしまう。


「じゃあ楽譜ができたっていうのはもしかして?」

「そうだよ。お嬢さんの恩返しのために音楽を作ってきたのさ。あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ! そういうことなら楽譜を書いてきたっていえばいいじゃないの!」


 自分がいかに間抜けな返答をしているかに気づいた道子はついつい強い返答をしてしまう。


「ごめんごめん。それは僕が悪かったな」


 ロバはそんな道子に気を悪くするどころかむしろほほえましくそんな道子の様子を見ていた。


「なに、見てるのよ」

「いやいやお嬢さんはかわいいなあと思ってね」

「はあ!?」


 その道子の反応にロバは楽しそうに大口を開けて笑う。


「ロバさん、そろそろお嬢さんを許してあげてください」

「鶏さん、わしはお嬢さんに一つも怒ってはいないよ?」

「そういうことじゃなくて。お嬢さんのお顔が真っ赤なんですから、それくらいで勘弁してあげてください」


 その鶏の一言に道子はとっさに頬を両手で隠した。確かに顔に当てた手には異常なほど熱が伝わってきていた。


「ははは、そういうところもまた可愛いじゃないか」

「もうやめて」


 道子はしゃがみ込みたくなる衝動を必死に抑えながらぎりぎりのところで立っていた。


「じゃあお嬢さんそろそろ本題に移ろうと思うんだけど、いいかな?」

「ど、どうぞ」


 まったくロバと再会してから本当に振り回されっぱなしだ。本当にこんなので大丈夫なのだろうか。


「わしはお嬢さんに恩返しをしたい」


 ロバは真剣な、本当に真剣な目をして道子にそう語りかける。道子もそんなロバの様子を見てさすがに正面を見て、ロバの目を見据える。


「恩返しの方法をいろいろ考えたんだ。でもどれもしっくりこなかった」

「ええ、そうらしいわね」

「でもお嬢さんが拾って見せてくれたこの楽譜を見て思いついたんだ。最高の恩返しの方法を」

「その楽譜を見て?」


「お嬢さんと話してわしは外の世界に飛び出すことができた。そしたら音楽を見つけてこんな素晴らしい仲間に出会うことができた。この気持ちを伝えるのに一番適したものは何だろうと必死に考えていたんだ。それで音楽ならば、形には残らないけれどお嬢さんに説教されて手に入れたものだから伝えられるかと思ってね」


 道子はもう何も言えない。ここまで自分のために何かを考えてくれる人がいただろうか。こんなに真剣に自分のことを見てくれる人は今道子の周りに果たしているのだろうか。


「だからこの楽譜を見て、お嬢さんに音楽を届けようと思う」


 道子は静かにうなずく。


「聞いてくれるかな?」

「ええ、もちろん聞くわ」


 そういうと、いつの間にか移動していた犬が道子のために椅子を部屋の真ん中に引き寄せてくれた。道子は素直な優しさに微笑みで返しながら、椅子に腰かける。


「それじゃみんな準備はいいかい?」


 ロバがみんなに語り掛ける。それをみんなは笑顔で返して、そして全員が道子のほうを向く。


「それじゃあ聞いてください」


 ロバがすっと目を閉じると、静かにハミングを始める。


 静かなリズムの、だけどしっかりとした音のロバのハミング。そこからしばらくして鶏以外の二匹がハミングを始める。あっていなさそうでしっかりと調和しあっているハミング。そこには絶対に種族の壁なんてものはなかった。

 そして静かなハミングを邪魔しないような、だけどそれを気遣うこともない心地のよい鶏の歌声が部屋に広がり始める。鶏が歌い始めたとたん部屋の空気感が変化する。少し冷たい空気が漂っていた部屋に三匹のハミングで、少し暖かく温められ鶏の歌声で明るく力強くなる。


 道子は知らぬ間に涙を流していた。しかしそれはさみしい涙でも悔しい涙でもなく嬉しくて流している涙、感動のあまり流れる涙だった。

 その涙を隠すことはあまりにも愚かで目の前で自分のために歌ってくれているみんなに失礼すぎるから、道子はそれを隠すこともなくただ静かに泣いていた。


 気づくと曲はアップテンポに変わっていく。

 曲としての完成度が高いかどうかなんてわからない。さっきまでとても静かだったのに今はとても激しい。これが曲としてあっているのかどうかなんて道子は知らない。


 ただそんな四匹の曲を聴いていると、今度は自然と笑顔になることができた。

 ロバなんかは道子にとってはついさっき、ロバにとっては少し前に渡した鞭を取り出して床をしばき、楽器として演奏しはじめたりしている。

 そんなロバの演奏姿がどこかおかしくて、それでも目の前の光景が美しすぎて道子は泣きながら大笑いしていた。

 そんな大笑いにつられて、緊張していた皆も自然と笑顔になる。


 こうなってしまえばあとは簡単だ。聞いていたはずの道子も歌を贈っていたはずのみんなも全員一緒になって歌い踊り始める。歌を知っているかどうかなんて関係なかった。


 全員で歌う歌はとても素晴らしく輝いていて、そしてやっぱりどうしようもなく美しかった。

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