3-8

「あなたたちこれからどうするつもりだったの?」

「お嬢さんを探すつもりだったんだよ!」


「……え?」

「僕たちの今のこの状況があるのは間違いなく君のおかげさ。だからお嬢さんを探して立派なものを探しに行こうと思っていたのさ」

「私のことを?」

「そうさ!」


 ということは、物語に下手に介入してしまったことでこの物語は完成にたどり着けていないのだろうか。道子は今の状況が自分のせいであると考えてしまい、言われようのない罪悪感に襲われた。


「ロバさんったらあなたにもう一度会うって聞かなかったんですよ」

「そうそう、大都市のブレーメンに向かえば彼女はいる! って何の根拠もないのにそう言い張ってしまって」


 猫と犬はふてくされたような口調でそう言うが、その顔は今の状況が楽しくて仕方がないというふうに笑っていた。


「そうさ! 僕は君にもう一度会うまでみんなを巻き込んで旅を続けるつもりだった。そしたらなんという奇跡か、君はここにたどり着いたわけだ! そして偶然にも僕たちはここで一泊するつもりで滞在していたのさ!」

「みんなを巻き込んでって……。それはあなた以外の人にずいぶんと失礼じゃない?」


「そんなことないですよ! 今まで生まれてこんなに楽しいのは初めてなんです! いつもいつも朝を知らせる合図ばかりやらされて。私が本当にやりたいのはそんなことじゃなかったのに……。それが今はこんなに自由なんです! いつ鳴いても誰にも怒られない! むしろみんなは私の歌声を聞いて喜んでくれる! 今更皆さんと離れるなんて考えたくないです!」


 鶏はまくしたてるようにそうしゃべった。そして機嫌よく鼻歌を歌いだした。

 道子はそんな感情は知らない。人に巻き込まれて、それに飲み込まれていったら悪いことしか待っていない。

 そんなことは全員が思っていることだと、そう決めつけていたのだ。


「そう……」

「でも困ったことが一つあるんだ」

「困ったこと?」

「僕はお嬢さんに恩返しできるものを何一つ持っていないんだ」


 ロバはオーバーに前足を浮かせ、体をのけぞるとそのまま数歩道子に近づき前足を地につけた。道子はそのロバが近づいた分だけまた後ずさりをする。


「それって私に会ってもだめじゃないの」

「そうなんだ、ブレーメンに行くのはそのためでもあったんだ。お嬢さんに恩返しできるような何かを見つけられるんじゃないかなと思って。それにあの大都市なら君がいてもおかしくないなと思って」


 道子はここまで聞いて一つの違和感を覚える。ずいぶんとこの物語は道子を主体に進んで行ってしまっているが大丈夫なんだろうか。これではロバと道子の話になってしまっているのではないだろうか。


「そんな目的で大丈夫なの?」

「大丈夫も何もみんなと一緒に決めたことだし、わしも後悔はないさ!」


 ロバのその一言に周りのみんなも一斉にうなずく。一つ一つの挙動が本当にその一瞬の出来事を楽しんでいるのが見て取れるような満面の笑みで全力の行動だった。 

 それは道子にとってはまぶしすぎるくらいのものだった。


「そもそも私はあなたに恩返しされるようなほど大したことはしていないわ」


 その一言に再びロバは前足をあげて大げさに驚いた様子を見せる。本当に若々しく元気になったものだ。 


 そんなことを考えながら道子は再び一歩近づいてきたロバから一歩遠ざかった。気づくと道子は壁まで追い詰められているような状況になっていて、これ以上目の前の興奮気味のロバから逃げられそうになかった。


「お嬢さんには本当に感謝しているんだよ! わしのために泣いてくれて、笑ってくれる。そんな感情を向けてくれる人がまだいるんだということを気づかせてくれたし、お嬢さんのようにここにいる皆も感情をむき出しにして付き合ってくれる。全部あのわら小屋で過ごしていたら気づけなかったことさ。だからお嬢さんがわしに感情をむき出しにして説教してくれたことに恩返しをするのは当然じゃないか!」


 ロバはそう話しながら歯茎をむき出しにしてニカッと笑った。


「分かった。分かったからそれ以上言わないで」


 道子はロバに大声で泣きながら説教したことを言われて、自分でも顔が赤くなっていることに気が付いた。


 あの時の道子が泣いていたのは全部自分のことだ。目の前のロバのことを思って泣いているわけでもなく、全部自ロバに言っていることが自分に返ってきて、そんな自分が情けなくて泣いていたのだ。


 だからそこまで聞いてもやっぱり道子は恩返しを受けるようなことをしているとは到底思うことができなかった。


「でもまあ……わかったわ」


 このままお互いに意地をはって話していてもきりがない。きっと物語は何も進展しないだろうし、道子は一生この屋敷から帰ることはできないだろう。


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