2-6

 体を包んでいた生暖かい光が消えていくのを感じた道子は、ゆっくりと目を開ける。


「……ほんとに何でもありね」


 道子が立っていたのは、コスモスが地面に大量に咲き誇っている大きな広場のような場所だった。


「さて、ここから何をしたらいいのかしら?」


 道子はとりあえず、周りに何かないか探そうと、その場をうろうろとし始めた。


「それにしてもすごいコスモスの数ね。こんなの絶対ふんでしまうわ」


 道子は地面に咲いているコスモスをよけようとジャンプするたびに、同じように肩の上をひらりと舞う赤いずきんにうっとうしさを感じながらも、少しそれを楽しくも感じていた。


「こらあかずきん!」


 道子がしばらくジャンプしながら遊んでいると、突然少し遠くのほうから大人びた澄んだ声が聞こえてきた。


「あ、あかずきんって私のことよね。あの人はいったい誰かしら」

「またコスモス畑に入って! ここははいっちゃだめって言っているでしょう!」

「ここ畑だったの? コスモスなんか育てて何になるというの?」

「あかずきんのご飯に変わるのよ」


 道子はその瞬間頭の中に思い浮かべたのは、大量のコスモスがのった皿を前に、おそらくお母さんであろう目の前の女性とそれを食べている風景だった。


「ずいぶんと不憫な生活をしているのね……」

「何を言っているの? いつも街にこれを売りに行っているじゃない」

「お金に変えて、それでご飯を買うっていうことだったのね。それなら最初からそういえばいいじゃない」


「なんだか今日のあかずきんは変な子ね。そんなことでおばあさんの家までお見舞いに行けるのかしら?」

「あら、そんな話になっているのね」

「まあいいわ。とりあえずいったんおうちに戻りましょう。そしてきれいにしてからおばあさんの家に向かうのよ」


 お母さんに言われて道子は自分の服装を見ると、いつの間にか泥まみれになっていた。

 道子はほかに行く当てもなかったので、先をせわしなく歩いていくあかずきんの母を追った。


 たどり着いた先は、小さな一軒家だった。

 コスモス畑に面積をとられているせいか、少しこじんまりとしていた。


「どうしたの? 入らないの?」


 家の中に入ることを一瞬躊躇した道子に、母親は家の中からやさしく道子に問いかけた。


「入るわよ」


 道子はなぜか複雑な気持ちを抱きながらも、家の中に足を踏み入れた。


「ずいぶんとさっぱりしているのね」

「何をいまさらそんなことを言っているの。お風呂でも入ってきなさい」


 母親に背中を押され、半強制的に風呂場に連れていかれた道子は仕方なく風呂に入ることにした。


「どうしてこんなことになったのかしら」


 きっと『赤ずきん』にあかずきんが風呂に入るシーンなんてなかったはずだ。

 しかしあそこまで強く背中を押されると、入らないわけにもいかない。


「いったい私はあの人にいくつに見られているんでしょうね」


 道子はシャワーを浴びながら、ふとこんなことを考えてしまう。


 もし自分の母も小学生の頃いたら、赤ずきんの母親のように接してくれていたのだろうか。

 こんなふうに、怒られながら愛されながら一緒に暮らすことができたのだろうか。


「……ばかばかしい考えね」


 道子はシャワーの音に隠すようにそう呟くと、シャワーの水を全身にうちつけた。

 

「さっぱりしたでしょう?」

「まあまあね」

「またそうやって素直じゃないことを言のね」


 母親はあきれたように笑うと、手に持っていた大きなバッグを道子に渡してきた。


「なによこれ」

「おばあさんの家のお見舞いの品よ。ちゃんとおばあさんに渡すのよ」

「……わかったわ」


 母親はなんだかせわしなく動き回っていた。

 そんな姿を見ながら、道子はこっそりと見舞いの品を手に家から出ようとした。


「それと!」 


 そんな道子を止めるかのように、扉に手をかけていた道子のほうに振り返った母親は、道子に近づいてきた。


「絶対に寄り道をするんじゃないよ? まっすぐ一直線におばあさんの家に向かうんだ。そうじゃないと、暗くなる前にたどり着けないからね」

「はいはい」

「それと!」

「まだあるの?」


 道子はうんざりしながら、母親のほうに振り返った。


「途中でもし狼に話しかけられても、絶対に答えるんじゃないよ」

「狼に話しかけられた時点で、私の命はないように思えるけど」

「まあ道草しない限り、狼なんかには会わないでしょうけどね」


 母親は道子を軽くにらみつけながら、洗い物をはじめた。

 あかずきんはどれだけ信用のない子だったの……。


「もういっていいのかしら?」

「いってらっしゃい、気をつけるのよ。特に狼にはね」


 道子はため息をつきながら、扉を押し開けると外に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る