強すぎた主人公

2-1

 突如まぶしい光が閉じた瞼の裏に刺しこんでくる。

 どんなに願ったって朝はやってきてしまうのだ。 

 それをだれも止めることはできない。


 道子はそんなことを考えながら、ある違和感に気が付いた。


 どうして私は立っているのだろう?


 昨日はちゃんとベッドに横になって寝たはずだ。

そもそも立ったまま眠ることなんてありえないはずだ。


 道子がゆっくりと目を開けると、目に飛び込んできた映像は寮の部屋の真っ白な天井ではなく、奥までずらりと大量の本が敷き詰められた本棚が並んだ図書館だった。


 図書館といっても、ちゃんとしたところではなく、どういう原理か様々な本が宙を舞っていた。

 宙に浮いている本は表紙が白紙だったり、浮きながらパラパラとページがめくられている本の文字はところどころ抜け落ちたりと様々だった。


 道子はというと、そんな光景を呆然と見つめがら、なぜ自分が制服を着ているのかぼんやりと考えていた。

 寝起きの時の感覚のようにまだ頭がぼんやりしていて、完全に起きていない。


 しかしだんだんと意識がしっかりすると、その場所に見覚えがあることに気が付いた。


「これは……私の夢」


 道子はその場所を知っていた。

 中学時代に風邪をひくと、いつも見ていた夢そのものだったのだ。

 中学の時は本棚に入った適当な本を手に取り、それを読み終えると夢から覚めていた。

 読む本はなぜかすべて童話だったのだ。


 元来、そんなしょっちゅう風邪をひく体質ではなかったので、この夢も数回しか見たことがない。

 だからたまたま手に取った本が毎回、童話だっただけなのかもしれない。


 しかし中学のころとは決定的に違う部分があった。

 その時は本は宙に浮いたりなんかしていなかったのだ。

 ただただ広く高い図書館だっただけで、現実とそんなに変わりはなかったはずなのに。


 道子はおもむろに足を動かし、図書館であろう場所の奥に進んだ。

 奥に進めば進むほど宙に浮かんでいる本の数は増えている。

 そしてところどころ本から文字が雪のように降り落ちていた。 


 道子はときたま自分の制服にかかる文字を振り落としながら最奥を目指した。 

 地面に落ちた文字たちは、名残惜しそうに地面に溶けるように消えていった。


 道子はむかしから本は好きではなかった。

 図書館になんて行ったこともなかったし、これから先も一生行くことはないであろう場所だ。


 しかしそんな道子でもこの図書館はおかしいと分かった。

 もちろん本が宙に浮いている時点で、だいぶ普通ではない場所だということはわかるのだが、それは夢だから仕方がない部分もある。

 でもどこか、何かがおかしいと感じていた。確信はもてないがそんなことを思っていた。


 道子はおもむろに道の途中で足を止める。

 試しに一冊読んでみようと思ったのだ。

 本棚の前に立ち止まり、適当に手を伸ばしその本を抜き取ろうとする。


「あれ?」 


 中学時代のころにはすんなりと抜けた本が、ぎちぎちに入れられているのかびくともしなかった。

 本が読めない図書館とはいかがなものか。

 それはきっと異常だろう。


 道子は来た道を少し戻り、今度は少し隙間のある本棚から本を一冊抜き取った。

 そしてその本を読もうと、本を開いた瞬間その本は形を崩していきボロボロになった。

 そして道子の指の隙間を砂のように抜け落ちると、地面に落ちていきそのまま跡形もなく消えてなくなってしまった。


「どういうことよ」


 手に取った本が崩れて無くなってしまう図書館はいかがなものだろう。

 それはきっと本を手に取ることができない図書館よりも、異常だろう。 


 ではこの図書館はどうなのか。

 本棚から本は抜けないし、やっとこさ本を抜き取り、さあ読もうとページを開くと形が崩れてなくなってしまう。


 そんな図書館は異常を通り越して、もはや図書館とはいえないだろう。


 道子は急に怖くなり、来た道をひたすらに引き返した。

 自分の頬をひっぱたいたりもした。

 痛みの衝撃で夢から覚めるかもしれないと思ったからだ。

 しかし夢のくせに頬はひりひりと痛むだけで、何も起こらなかった。


 どれほど歩いても出口は見えない。

 最初に立っていた入口のようなところも見つからない。

 明らかにおかしい。

 本棚が並ぶ通路に終わりが見えないのだ。 


「そんなに歩いていないはずなのに!」


 こんどは立ち止まり、やみくもにいろんな本に手を伸ばす。

 中学時代のころのように、本を一冊読み終えれば夢から覚めることができるかもしれないと思ったからだ。

 しかしいくら本を手にとっても、その本達は形を無くしていく。


 半分自棄になりながらも本を手に取ると、ボロボロになり、手に取るとボロボロになる、ということを繰り返した。


 ふと自分の足元を見ると、白い砂のようなものが道子の足元を覆っていた。

 足を降り、その砂を降り落としていく。

 本の砂たちは抵抗することもなく道子の足から離れ、絨毯の中へと消えていった。

 そこで道子は、自分が裸足であることに今更気が付いた。


「どうして本が読めないのよ」


 道子は八つ当たりをするように本棚に収まっている本を殴りつけた。

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