1-4
寮に戻るとすぐにシャワーを浴びた。
部屋に入ると、三人のうち二人がすでに帰っていて、泥水を髪から滴り落としている道子をぎょっとした表情で、見つめてきた。
そんな視線を向けられることも耐えられず、道子はすぐさま小さなシャワー室に飛び込んだ。
存在を認められた瞬間、その存在を否定された感覚。
そんなどうしようもない現実に道子はなんどもシャワー室の壁に頭をこすりつけた。
敵意のこもった目ならこれまで叔母に何度も向けられた。
心ない言葉だって何十回と聞かされた。
しかし今まではそんなことはどうでもよかった。
しかしそれを同級生に向けられた瞬間、道子の心に大きくひびをいれた。
「私は別に何もしていないのに」
「どうして私がそんな目で見られないといけないの」
「誰かと一緒に戯れることがそんなに正しいことなの?」
他人は信用できない。
誰かに昔言われたそんな言葉をふと思い出した。それは物心ついたころに、言われた言葉だ。
「他人は信用できない」
もともと信じてはいなかった。
信用する人なんて道子にはいなかった。
しかしかすかに、きっとどこかで希望を持っていたのかもしれない。
そんな希望を持っていたことが間違いなのだ。
「他人は信用しない」
道子はそれを口にすることで、自分が孤独であることを実感しながらどこか落ち着くことに気が付いた。
そしてシャワー室をゆっくりとした足取りで出た。
廊下には食堂から漂ってくるカレーの匂いが、充満している。
でも食欲はない。早く一人になりたかった。
部屋に戻ると、二人はあの匂いに負けカレーを食べに行ったのか誰もいなくなっていた。
「よかった……」
道子は倒れるようにベッドに寝転がると、うつぶせになる。
あの視線が忘れられなかった。
もし同じクラスの子だったりしたら、今日のことをネタにいじめられるのだろうか。
でもいじめられるということは、クラスの生徒に自分がその場にいるという存在を、認められることになる。
「他人は信じられない」
道子は呪文のようにその言葉を繰り返した。
クラスの人たちに、辱めを受けるという行動をもって自分の存在をようやく認識される。
そんなことを考える自分が嫌だった。
道子は自分をのろった。
自分に希望を持たせるな。絶望するだけだ。
他人を信用するな。裏切られるだけだ。
そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡り、そのことだけで頭はいっぱいになった。
もう眠ってしまおう。
そうしないとルームメイトが帰ってきてしまう。
そうすればまた道子の居場所はなくなる。
どうせなら明日なんて来ない永遠の眠りがいい。
道子は叶いもしないそんな願いを、思い浮かべながら深い深い眠りに落ちていった。
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