1-3
次の日は予想通り雨だった。
目が覚めて聞こえてきたのは窓を叩きつける雨の音。
前の日の溜めていた分の雨も落としているのではないかと思うほどの大雨だった。
それでも学校はある。道子は諦めて学校に向かうことにした。
雨で濡れながら学校に辿り着いた道子は意味もないのに、制服についている雨粒を払う。
濡れた靴下の感触が気持ち悪い。
憂鬱な気分になりながらもそのまま授業を受けた。
そして全授業が終わると、いつものように速足で学校を出る。
昼過ぎに雨は上がり、空は相変わらずの曇天が広がっていた。
いつもは同じ学校の生徒とはほとんどすれ違わないのだが、雨上がりでグラウンドが使えない運動部の生徒もいるせいか、いつも以上に生徒が多かった。
道子はいつもよりもさらに早足になりながらも、集団で帰っている生徒を避けるように歩いていた。
少し前を歩く男子生徒達から聞こえてくるどうでもいい他愛のない会話。
そんな会話を聞き流しながら、その横を足早に通り抜けようとした。
そしてちょうど横を通った時、びちゃという音と共に道子の足に嫌な感触が現れた。
道子は思わず足を止め、地面を見る。
足元にはさっきまで大量の雨が降っていたことを証明するかのような、大きな水たまりがあった。
そしてその水たまりに片足を思いっきり突っ込んでいたのだ。
それを理解したのと同時に靴下は雨水を吸い込む。
道子の靴下は一瞬でぐしょぐしょに濡れてしまった。
もちろん横切ろうとした男子生徒たちはそんな道子を気にする様子もなく、笑いあいながら道子の前をどんどん歩いて行ってしまった。
唐突に自分がみじめに思えてきた。
「早く帰ろう……」
誰に聞かせるでもなくそうつぶやく。運動部が休部ということはもしかしたら、寮に戻ったらすでにほかのルームメイトも帰ってきているかもしれない。
そうなれば道子は一人で安息する時間はなくなる。
これだから雨は嫌いだ。
下をうつむきながら水たまりを出ようとしたとき、突如道子の肩に重い衝撃が走る。
突然のことに反応できなかった道子は、体勢がよろめき学生鞄は手から抜け落ちていき、そのままその場で転んでしまった。
直後、全身に浸透してくる泥水の感触。
道子はその気持ち悪さと、転んでしまった羞恥心から慌てて水たまりから離れると、そこで呆然と立ち尽くした。
目の前には立ち止まる二人の女子生徒。
おそらくどちらかが道子にぶつかってしまったのだろう。
道子と目が合った女子生徒は一瞬困惑したように隣の女子と目を合わせた。
「フフッ」
しかしその顔は戸惑いからすぐに嘲笑の表情へと変わった。
女子生徒は気持ち悪いものでも見るように、道子を見ると馬鹿にしたように笑ったのだ。
そして道子から背を向け、何事もなかったかのように歩いていった。
「あそこに立っているのが悪いよね」
「そうそうたまたま当たっちゃっただけだもん。ミーちゃんは悪くないよ」
「なんで水たまりの上で立てってたのかな?」
「さあ? 趣味なんじゃない?」
「何それー、てかあんな子うちの学校にいたっけ?」
「え? うちの学校の制服着てた? 汚くて全然見れてなかったよー」
道子からまだ遠く離れていない距離でそんなことを話し始める二人。
二人の会話は全て道子に聞こえていた。
同級生に初めて向けられた、悪意の込められた視線。
同じ学校の生徒に、初めて自分のことを対象とした悪意がこもった会話。
あの二人はそんな会話が、道子に聞かれても何ら問題がないと判断したのだろう。
つまりこの数秒の出来事で、あったことも話したこともないあの二人は、道子を自分より下のものだとみなしたのだ。
押し寄せてくる経験したことのないような重い感情に押しつぶされそうになりながら、道子はその場から動けずただ動揺していた。
「大丈夫? これ使って」
突然話したこともない男子から後ろから声をかけられた。心配している声だと分かっているのに今の彼女にはそれすらも恐怖の対象でしかなかった。
「これ、汚れてもいいやつだから使って」
後ろから声をかけてきた男子は道子の前に回りしゃがみ込むと、手に持っていったハンカチを渡そうとする。
突然世界に自分のことを認識される恐怖。こんな恥をかくことでしか自分のことを認識してくれないおかしな世界。そんな自虐的な思考に陥っている彼女には男子の優しさが届くことはなかった。
周りから向けられる視線が怖い。
そんな汚物を見るような目で見ないで。
道子は周りの視線が一気に怖くなり、周りの人がますます信じられなくなり、いまだに何か声をかけてくる男子から逃げるように走った。周りからただ逃げるために、早く一人になりたくてただ走る。
目からこぼれるものが涙なのか泥水なのかもわからずただひたすらに走った。
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