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道子は寮に帰ってくると、一直線に自分の部屋を目指し、扉を乱暴に開け部屋に飛び込んだ。
部屋の両端に二段ベッドが置かれており、その中心には全員で談話できるようなピンク色の机が置いてある見慣れた風景。
四人部屋であるその部屋にはまだほかの人がいる様子はない。
そこでようやく道子は一息つくと、迷わず右端にある二段ベッドの上段にのぼり、寝転んだ。
道子は高校に入ると同時に、親戚の家を出て学校指定の寮に入った。
両親はいない。
母親は精神を病んで、幼稚園の頃から介護施設に入ったきり。
小学校に上がるころには母親はいないものとして扱われていた。
父親は小学校を卒業する頃、他界してしまった。
父が亡くなった後は両親の親戚同士で、道子をだれが引き取るか争論になった。
そして争いの結果、道子は一度も会ったことのない叔母にいやいや引き取られることになり、今に至るわけである。
小さいころから贅沢はさせてもらえなかった。
道子に使われるお金は最小限であり、小遣いなど当然もらえるはずもなかった。
道子自身も叔母から過剰な恩をうけようなどとは考えていなかったため、高校は寮がある学校に決め、家を飛び出すように出ていった。
寮に入りたいといった時叔母は今まで見たことがなかった表情で、ハイテンションで道子の背中をバンバンと叩き送り出す始末である。あの顔はきっと一生忘れることは無いだろう。叔母は厄介払いができてよっぽど嬉しかったのだろう。
嫌なことを思い出してしまった。
道子は枕に埋もれながら顔を腕で隠し、自嘲気味に笑った。
自分を置いて他界した父親、自分を邪魔物として扱う叔母。可愛げがないとよくなじられたものだ。
そんな環境で育った道子が他人を信じなくなったのは、むしろ当然の結果だといえるだろう。
あと数時間もすれば、部活を終えた仲良し三人組が帰ってきてしまう。
道子が住む部屋の他のルームメイトだ。
三人が帰ってくれば、この部屋は騒がしくなる。
道子が一人で落ち着いていられる時間は、唯一誰もいないこの数時間だけだった。
道子は瞼の裏に張り付いて離れない叔母が最後に見せたあの表情をかき消しながら、浅い眠りに落ちていった。
「……でさ、先輩がそのときに言ったのがさ……」
「えーそれ超やばくない!?」
「でしょー! まじでびっくりしてさー」
「キャー!」
顔を腕で覆ったまま眠っていた道子は、耳に飛び込んできた甲高い笑い声で目を覚ました。
最悪の目覚めだが道子にとってはよくあること。いつの間に眠ってしまっていたのだろうか。
時間を見ると、残り三十分で寮食が終わってしまう時間だった。
深夜に起こされなかっただけまだましだっただろうか。
道子はゆっくりと起き上がると、階段を下りた。
いつの間にか帰ってきていたルームメイトの会話は一瞬止まったが、その後すぐにまた喋り始める。
「なんかさ、寒気がするんだよね」
「私も私も!」
「そういえばさこの寮出るらしいよ」
「まじで!?」
「あ、それ私も聞いたことあるー」
そんなたわごとを聞き流しながら、道子は重い扉を開け部屋を出た。
これが道子の日常。
学校でも同じ部屋のルームメイトですら道子に話しかけるものはいない。
かといっていじめられているわけでもなく、そこに存在していないかのように扱われるのである。
しかし道子はそれを苦痛には思っていなかった。
中学時代からそれが普通だったし、今ではむしろ誰にも話しかけられないのが当たり前になっている。
人が群れているところを見るのは嫌いだ。
自分の弱さを隠すために集まっているように見えて仕方がないし、道子自身そんな他人と慣れあいたくないと思っていた。人は一人でも生きていくことができる。
道子は何回目かもわからないため息をつくと、食堂に向かった。
あまり美味しさを感じない寮食を食べた後、道子はそのまま眠る準備を淡々と行い、浅い眠りについた。
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