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「全属性の精霊王……」

「世界最強の魔術師……」


 呆然と取り巻き達が呟く中で、バザックが愚かにも噛みついた。


「嘘だ! そんな魔術師なら、なぜルーシエはわたしのためにその力を使わなかった!? あの女狐をこき使ってやったのに!」


 この期に及んでルーシエを女狐呼ばわりするバザックに、光と闇の精霊王は剣呑な瞳を彼に向ける。


「あんたみたいな馬鹿に協力したら、国が滅茶苦茶になるわ。あのルーシエが国のためならともかく、あんた個人のために力を使うわけがない」

「……それに、精霊は人間と違って嘘はつかない。幼子でも知っていることだと思ったが」


 マリエルに馬鹿と言われたことか、ユーリックに幼子でも知っていると指摘されたことか、それとも両方か、バザックは怒りで真っ赤になって黙り込んだ。


「それと、いつまでわたし達のルーシエに対して女狐などと言っているのかしら? 失礼にも程があるわ。ルーシエはあんなに清らかな魂の持ち主なのに」

「そうだな。さすがはわたし達の契約主だけある」


 憤慨するマリエルの横で、ユーリックがうんうんと頷いている。

 すると、なにを思ったのか、アマンダが顔を上げて叫んだ。


「それなら、ルーシエよりもわたしの方がずっとあなた達の契約主にふさわしいわ! ユーリックさん、あなたもそう思うでしょう?」


 媚びた目で美貌の精霊王を見つめる男爵令嬢に、傍観を決め込んでいたマティアス達も引いた。あれだけのことをしておいて、よくもぬけぬけと言えたものである。


「……あまり我らを馬鹿にしないでくれないかな? こんな汚濁した魂の持ち主と契約なんてありえない」


 ユーリックに一刀両断に返されて、アマンダは一瞬絶句したが、再びユーリックに訴えてきた。


「そんなのなにかの間違いよ! わたしはこの上なく清らかな人間なはずよ。それに、ルーシエはわたしを虐めたのよ! そんな人、あなたの契約主にふさわしくないわ!」

「……まあ、ペラペラとよく回る口だな。……マリエル、この穢らわしい娘にあれを見せてやったらいい」

「そうね、身の程を知ればいいわ」


 マリエルが頷くと、その手のひらに水晶玉が現れる。


 ──なるほど真実のぎょくか。あれなら言い逃れはできまい。

 マティアスは納得すると、それから映し出された映像に注目した。



『あーっ、ほんとにあのルーシエって女むかつくわー。なんであんなに評判いいのよ。あの女の悪口言おうとすると逆に怒られるし……。そうだ! あの女の罪を捏造してやればいいんだわ。ふふふっ、見てなさい!』


 そう言って笑う様は、バザック達の前での庇護欲をそそる姿ではなく、高慢そのもの。

 愛する少女の見たこともない姿に、バザックとその取り巻き達が息を呑む。


「ちっ、違うのこれは! これはわたしじゃない!」


 愚かな男爵令嬢が、慌てて取り繕おうとするが、その間にも真実を映した映像は流れていく。


 ──会ったこともない・・・・・・・・のに、ルーシエに罵倒されたとバザックと取り巻き達に泣いて縋るアマンダ。

 ──誰もいない教室で、自分の・・・教科書を引き裂き、ルーシエらしき人物が教室を出ていくのを見たと騒ぐアマンダ。

 ──誰も見ていないのを見計らって、自分の・・・ドレスに赤ワインをかけ、ルーシエにやられたと取り巻き達に訴えるアマンダ。

 ──バザックにもらった首飾りを自ら・・売り払い、盗まれたとバザックに縋りつくアマンダ。



『階段から落ちたことにすれば、殺人未遂よね。ルーシエの国外追放は確実だわ。処刑してやりたいところだけど、やりすぎは周りに反感を持たれるわよね』


 アマンダは保健室に行くと、女性の養護教諭に階段から落ちたと告げた。


『どこから落ちたの?』

『二階から一階にかけての踊り場からです。あの……実は誰かに突き飛ばされて……。その時長い銀色の髪が見えたんですけど』


 その途端、養護教諭の瞳が厳しくなる。

 アマンダの通う学園で、銀髪は一人しかいない。ルーシエだ。


『……本当に? 滅多なことを言ったら、ただじゃすまないわよ』

『ほ、ほんとなんです……。ストレートの長い銀髪でした』


 アマンダの訴えを聞きながら、養護教諭は難しい顔をしていたが、やがて小さく息を付いた。


『……まあ、ともかく傷を見せてちょうだい。それから対処を考えるわ』


 しばらくの後に、診察後のアマンダと養護教諭が映された。


『打撲による腫れや痣はないわね。擦り傷もなしと。……あまり痛がっていないようだし』

『そ、そんなことないです! 全身痛いです! 特に左肩から腕にかけて!』


 アマンダが慌てたように、とても痛いとは思えないような速度で左腕をぶんぶん回して主張した。

 それを見て、養護教諭が眉を顰める。


『……あの場所から落ちたら、鎖骨くらい折っててもおかしくないけれど、それはなさそうね』

『先生、骨折なんて怖いこと言わないでください』


 アマンダが弱々しく瞳に涙を浮かべると、養護教諭は肩を竦めた。


『ま、一応予備の湿布は渡しておくから。後から腫れとか出てきたらまた来なさい。……あと、実害があまりないことだし、このことは他言無用よ』

『なぜですか? ルーシエ様が公爵令嬢だからですか?』

『口を慎みなさい。あの方の影響力は凄まじいのよ。身を滅ぼしたくなければ自重することね』

『ひっ、ひどい! 先生は公平な方だと思ってたのに!』


 アマンダは涙を零して椅子から立ち上がると、痛いはずの左手で・・・・・・・・扉を開け、保健室を飛び出した。

 保健室から離れた場所まで来ると、アマンダは床や壁を何度も蹴りつける。その様子はとても怪我人には見えなかった。


『なーにが、身を滅ぼしたくなければ自重することね、よ! 日和ってんじゃないわよ! もちろん言いふらしてやるに決まってるわ! うふふ、これで未来の王妃の座はわたしのものよ!』


 本性を晒け出して醜悪な顔で笑うアマンダの姿を愚かなバザックとその取り巻き達は呆然と見つめていた。

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