8
「アマンダ、わたしを騙していたのか……」
「ち、違います! この映像はでっち上げです!」
呆然としながら呟いたバザックに、アマンダは狂ったように首を横に振って否定した。それを取り巻き達が侮蔑するような目で見ている。
「先程も言ったが、精霊は嘘を付かない。人影がないと安心していたようだが、精霊の目にも気を配るべきだったな」
「そんなこと凡人のこの娘には無理よ。男性を侍らすことにかけての欲望だけはすごいけど」
マリエルの言葉は的確すぎて、マティアスも思わず吹き出しそうになる。
しかし、愚かな男爵令嬢は悔しそうに唇を噛みしめると叫んだ。
「な、なによ! わたしはこの世界のヒロインなのよ! 世界中のみんながわたしを愛するの! こんなの間違ってる!」
マリエル達から狂人と紙一重と聞かされていたが、実際に耳にするとすごい破壊力である。マティアス達は顔を見合わせると苦笑し、バザックと取り巻き達は唖然としてアマンダを見ていた。
「……わ、わたし達はこの女に騙されてたんだ! オランディアに帰してくれ! なんなら、ルーシエを妃にしてやってもいい!」
バザックが弾けるように頭を上げて叫ぶ。それをマティアス達は冷ややかな目で見つめた。
「なぜルーシエがおまえなどの妃にならなければならない? なんの咎もないルーシエを国外追放したのは誰だったか、思い出してみるといい」
「それは、アマンダに騙されていたからで……!」
「ルーシエを『生まれてきたことを後悔するような拷問を加えた後、公開処刑して街の広場にその首を晒す』と言ったのは誰だったかな?」
マティアスが凍るような視線で詰問すると、バザックがなぜそれをと一瞬絶句したが、なにかを思い出したかのように嬉々として言った。
「いや、ルーシエはわたしのことを愛しているんだ! わたしはそれに応えようと思う」
「──ばっかじゃないの?」
マリエルの心底蔑んだ言葉がその場に落とされる。
「な……っ」
「ルーシエがあんたのことを好きな訳ないでしょ。あんたのどこに好かれる要素があるっていうのよ」
「なんだと! あんなにわたしに纏わりついていたのに、好いてないなどということはありえない!」
「教育係としてでしょ? あくまでも義務だからやっていたことだし、ルーシエも国王に頼まれたからといっても、こんなの放っておけばいいのに……ああ、面倒だから真実を見せてあげるわ」
マリエルの手から先程と同じように水晶玉が現れると、映像が映し出された。
執務室と思わしき場所に、元ローゼス公爵とルーシエの姿が映っている。
『──そうか、王太子から国外追放を命じられたか』
『はい。よって、わたしはとりあえず、
『……そのような理不尽な命を素直に聞くこともないと思うが。陛下がその場におられれば、すぐに止めている事態だ』
眉間に皺を寄せながら娘を説得する元公爵に、ルーシエは静かに首を横に振る。
『いいえ。おかしな話だと思われますでしょうが、わたしは今嬉しいのです。やっとあの方から自由になれたのですもの!』
そう言って、ルーシエは微笑む。
感激したように指を組むルーシエの瞳はきらきらと輝き、頬は紅潮していて、とてつもなく破壊力のある笑顔だった。
『今まで苦行だと思って我慢しておりましたけれど、良いところが一つも見つけられない方と過ごすのは、さすがにつらかったです。ですが、今回の件があったことで、ようやくわたしはバザック様に二度と関わらなくてよくなったのですわ!』
「なっなっ、無礼な!」
嬉々として語るルーシエの姿に、
それを呆れて見ていたユーリックが、すっと目を眇めた。
「……なにが無礼なのかな? 血筋なら、今のオランディア王家よりもローゼス公爵家の方が遙かに優れている。お情けで王位を譲られていた血統の者が笑わせる」
「し、しかし、今現在王位に就いているのは、父上だ! ローゼス公爵ではない!」
すると、ユーリックは片方の口角を上げ、皮肉げに笑った。
「そう
「そんなわけはない! わたしは王太子として!」
「──義務も果たさずに権力は使いたい放題。これでは将来愚王になると思われても仕方ないわよね」
呆れたように溜息をつくマリエルに、ユーリックは頷いた。だが、肝心のバザックは、ここまで言っても納得していないようだ。
「父上も母上も
「ふーん、そうなの。頭の中お花畑ねえ。耄碌したって言ってるけど、宰相とか大臣とか周囲のお偉いさんも皆そうなの?」
大変ねえ、と笑うマリエルに、バザックが絶句する。ようやく周囲の自分に対する評価を知ったようだ。
「し、しかし、わたしが王にならなければ、オランディアが滅んでしまう! そのためには……」
「ああ、それなら、マティアスがいるから大丈夫だったんだ」
「は……?」
理解できないという顔で、バザックがユーリックを見返した。
「知らなかったみたいだけど、マティアスはオランディア王国の王位継承権第二位だったんだよ。……マティアス、君のところに、オランディア国王から君の王太子
「ああ、そうだね。ルーシエがいくら注意しても聞かないし、暴力を振るおうとするし、いくら血を分けた息子といっても、これではさすがに国など任せられないだろうからな」
「なっ、な……っ!」
信じられないとばかりに、バザックの口がパクパクされる。それを無視して、ユーリックは続けた。
「……つまり、ローゼス家はわざわざ独立しなくても、正統な血筋がオランディア王家を継ぐことになるのは、君がルーシエを国外追放する前に決まっていたことなんだよ」
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