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 再び扉を叩く音がして、なんだとマティアスが思って応対すると、隣国イスファの王太子とその隣の国の第二王子が是非ともこの断罪劇を観たいと押し掛けて来たようであった。

 なんとももの好きだと思うが、他者の立場に立ってみれば、この国に喧嘩をふっかけてきた愚か者どもを見てみたい心情というのもマティアスも理解できないではなかったので、彼は苦笑しながらもそれを了承した。



「へえ、傾国だって聞いていたからどんな美女かと思ったら、せいぜい中の上じゃないか。絶世の美女と言われているルーシエ王女の足下にも及ばないな」


 イスファの隣の国、タリシールの王子の言葉に、二人の王子を目にして喜色を浮かべていた男爵令嬢の顔が悔しそうに歪んだ。続けてイスファの王太子が頷いて吐き捨てるように言う。


「しかも、男好きのあばずれと評判の女だ。こんな女に群がる男の気が知れないな」

「貴様あ、誰に向かってものを言っている!」


 バザックが顔を真っ赤にして怒鳴る。それを侮蔑の瞳で見ると、イスファの王太子は続ける。


「そこの無礼な男爵令嬢に対してだが? 貴様こそ、誰に向かってものを言っているのだ? わたしはイスファの王太子であるのだが」


 愚か者達が一瞬唖然とすると、一斉に嘘だと騒ぎ出した。


 ──やれやれ、先程と同じ展開か。


 しかし、なぜ彼の顔を見て愚か者達がそう言えるのか、マティアスには理解不能だった。


「嘘ではない。何度も顔を合わせたことがあるはずなのに忘れたのか? それとも、愚かすぎて他国の王族の顔を覚えるという最低限の外交に必要なことさえできないのか? どちらだ」

「なにを……あ、ああっ!」


 イスファの王太子の顔を憎々しげに睨みつけていたバザックは、ようやく思い出したのか、驚愕の表情で叫んだ。拘束されていなければ指を差していたかもしれない。


「ようやく思い出したか。わたしは貴様の国オランディアよりも大国のイスファの王太子フレドリクだ」

「この様子じゃ、わたしの顔も覚えていないと思うから名乗っておくけれど、わたしはタリシールの第二王子、アレンだよ」


 呆然としている愚か者達に、フレドリクよりもいささか軽薄な様子でアレンが自己紹介する。彼もオランディア王宮を何度も訪ねたことがあるので、顔を合わせたことがあるはずだが、残念なバザックの頭では思い出せなかったらしい。

 すると、なにを思ったのかバザックが二人の王子に向かって叫んだ。


「わ、わたしはローゼス公爵家に嵌められたのだ! そして公爵は、辺境伯とかいう、取るに足りぬ田舎貴族とともに、身の程もわきまえずに叛逆して……!」


 それを聞いて、マティアスも二人の王子も固まった。それをなんと取ったのか、バザックがニヤリと笑う。


「え……、まさか辺境伯を田舎貴族とか、本気で言ってる? 嘘だろ……」

「なんだ! こんなことも知らないのか! ならば教えてやる! 辺境とは王都から遠く離れた田舎のことだ!!」


 呆然とするアレンに、第二王子と侮ったらしいバザックが得意げに叫ぶが、それは一部間違っていた。王都から遠く離れているのは確かだが、辺境とは国境のことを意味する。実際の辺境伯領は、他国との貿易で栄えている。


「……愚かすぎて、呆れてものも言えんな」

「さすが、ルーシエ王女を冤罪で国外追放する馬鹿だね」

「なっ、なんだと! たとえ他国の王族でも、わたしに対してその無礼は許さんぞ!」


 ──この愚か者達を一人で糾弾しようかと思っていたが、これはこれで良い見物だ。しばらくは二人に任せようか。


 二人の王子に貶されて怒りに顔を歪めるバザックの様子を観察しながら、マティアスは内心で嘲笑わらった。


「……あのさ、辺境伯は取るに足りない貴族どころか、国防の要だよ。小国の王にも等しい権力がある、最も敵に回してはいけない相手だろうに、なんで王族なのにそんなことも知らないわけ? いや、驚いたよ。まさか、自信満々でこんなこと言う王太子がいたなんて」

「まあ、馬鹿だから分からないのだろうね。国王は割とまともなのにな。なんで、こんなのが生まれたのだろうね?」


 アレンの言葉を耳にしたことのない言語のような顔をして聞いていたバザックが、すかさずそれに反応する。


「貴様あぁ!! 高貴なわたしをこんなのとは無礼千万! 民衆の前で八つ裂きにしてくれる!」


 捕縛されている状況にも関わらず、バザックはマティアスに向かって怒鳴り散らした。それをマティアスと二人の王子が冷ややかな目で見つめる。

 形勢の悪さをさすがに察したのか、取り巻き達と無礼な男爵令嬢は、顔をわずかに青褪めさせている。


 ──だが、まだだ。まだ足りない。

 妹が味わった苦労と屈辱を思えば、この愚か者どもを再起不能になるくらいに打ちのめさなければ気が済まない。

 寛容なルーシエは許すだろう。

 だが、恩を仇で返した愚か者達を周りの者は黙って見過ごしはしまい。


「……さすがにここまでの愚か者だとは知らなかった。今まではルーシエと周りの者の補助があって誤魔化されていたのだろうな。ルーシエがどれほど苦労したのか、想像しただけでも気の毒になるな」

「なんだと! いくら大国の王太子といえども、聞き捨てならんぞ! それになんだ、あの女狐の名を親しげに呼んで……、あの女を妾にでもしているのか!」


 どこまでもルーシエを見下すバザックをフレドリクが不快この上ない表情でめ付け、そして宣言した。


「……貴様はどこまでルーシエを貶めれば気が済むのか。我が従妹姫に対する貴様の仕打ち、たとえルーシエが許してもわたしは許さない」

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