3

「殿下、ルーシエ様を害そうとした不届き者を捕らえました」

「……ああ、あの馬鹿者どもがやっと到着したのか。いいよ、わたしが会おう」


 元ローゼス公爵家子息、今はルシリエ王国の王太子であるマティアスは、近衛騎士から報告を受けると、罪人達のいる広間へと足を運んだ。



「マティアス様助けて! あなたはルーシエに騙されてるのよ!」


 他の男達よりもいくらか身綺麗な状態で後ろ手に縛られた少女が、マティアスに向かって叫ぶ。

 それを冷淡な瞳で見下ろしたマティアスは、感情を押し殺した声で言った。


「……なにをもって騙すと言っているのかわからないな」


 この茶髪の少女のことは知っている。……悪い意味でだが。

 一時期、男爵令嬢という身分にもかかわらず、公爵家嫡男であるマティアスになれなれしくまとわりつき、男爵家に注意してようやくそれが収まったのだった。


「わたしに対する報復で、ルーシエが公爵様に独立するようにせびったのでしょう? こんなの酷すぎるわ!」


 そう言いながら、少女は何度も目をしばたかせて涙を浮かべる。


 ──泣き真似か。なんと浅ましいことか。


 こみあげてくる嫌悪を抑えられずに、マティアスは顔を歪める。


「……たかだか男爵令嬢ごときが何様のつもりだ。今や王女であるわたしの妹を呼び捨てにするとは不敬にも程がある」

「そんな……っ」


 少女は怯えたように大きく身を震わせた。しかし、その様子にもどこかわざとらしさが潜んでいた。


「たかだか男爵令嬢とはどういうことだ、マティアス! アマンダはわたしの妃になる娘だぞ!」


 少女と同じように後ろ手に縛られ、元は上質のボロボロの衣服をまとったバザックが叫んだ。

 ところどころ血がにじんで固まっているところを見ると、道すがら民衆に石でも投げつけられたらしい。他の男達も同様だ。


 ……まあ、当然だな。

 父を討つ、ルーシエを処刑するなどと口にすれば、民から敵として認定されることは必至。

 愚かにもこの馬鹿どもは旧公爵領に入っても同じ言葉を繰り返していたらしい。今まで生きていたのが不思議なくらいだ。


「言葉のとおりだが? 下級貴族の人間は公爵家でも使用人として働いていたよ。主に非礼を働けば、無礼討ちされても問題ない使用人としてね。そして、この娘はさんざんわたしの妹に対して無礼なことをした。容赦する必要はないと思うが」

「アマンダはそんなことをしない! 無礼なのはどちらだ!」


 魔力を温存していたらしい魔術師長の子息がマティアスに向かって攻撃魔法を繰り出す。

 ──しかし、それは不発に終わった。


「……魔術師がいるのを知っていて、なんの対策もしないと思っているのか? 底抜けの愚か者だな」


 魔術師長の子息は、忌々しそうにマティアスを睨んだ。処刑されてもおかしくない罪をたった今犯したことにさえ気がついていないらしい。


「わ、わたしは使用人じゃないわ! それに、使用人を無礼討ちにするなんて酷すぎるわ!」

「……この大陸では常識だが。男爵家ではそんなことも教育しなかったらしいな」

「だとしても、アマンダを使用人と同列にするとはなにごとだ! 公爵家の人間は、どこまでも非常識らしいな!」


 常識知らずのおまえに言われたくないとマティアスは思ったが、ふと、無礼な男爵令嬢が先程言った妹への侮辱の言葉にまだ返答していないことを思い出した。


「……ああ、そういえば、先程の答えがまだだったな。ルーシエが父に独立をせびっていたと言っていたが」


 合間に無視するな! とバザックの怒声が響いたが、マティアスは黙殺した。


「そ、そうよ」


 なにを言われるのかというふうに、男爵令嬢が身構えた。


「それはないな。ルーシエは国外追放の件を父に報告した後、他国にいた。独立は父自身が決めたことだ」

「嘘よ!」

「嘘ではない。なんなら、その国から証人を呼び寄せるが?」


 証人と言われて、悔しそうに男爵令嬢が唇を噛む。

 すると、バザックが弾かれたように叫んだ。


「さっきからわたしの妃に対して無礼な口を叩きおって! たかだか小国の王族が!」

「小国……? 小国ねえ」


 思わず笑いを零したマティアスに、愚か者達は不審そうに顔をしかめた。


「どちらが小国なのかな? ああ、今では弱小国か。既に王領とそちらの娘の男爵領しか所領をしていないのだしね」


 愚か者どもは一瞬呆けた後、嘘をつくなと一斉に叫んだ。


「さすがに神に対して虚言をするルーシエの兄だけあるな! この大嘘つきめが! 貴様など、父上に言いつけて、ルーシエともども処刑してくれるわ!」


 バザックの言いぐさに耐えきれなくなったマティアスは、次の瞬間、腹を抱えて爆笑した。


「な、なにがおかしい!」


 バザックが憤慨したように怒鳴る。

 この愚か者は、現在の己の状況もわからないらしい。


 ──ああ、おかしい。

 馬鹿らしいほど愉快で、嘲りの嗤いが止まらない。


 その時、扉を叩く音が聞こえた。

 マティアスはどうにか笑いを収めると、入れと命じる。

 入室してきた近衛騎士が手にしていたのは、二つの書状。

 それを確認しながら、マティアスは口の端を上げる。


 先程までのことは、ほんの些細なことにすぎない。愚者達の破滅への序曲だ。

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