一:新学年 5
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リアお手製の晩ごはんをいただいた後は、いつものように身支度を整える。
「それじゃ、ちょっと行って来る」
「うん、気を付けてね」
日課の自主トレーニングに行く……という
(なんか嘘をついているみたいで、心苦しいところはあるけど……)
会長からの手紙には、わざわざ『一人で』と書かれていた。
これはすなわち他の誰か――特にヴェステリア王国と関係のある、リアとクロードさんには知られたくない、という意味のはずだ。
(俺だけに伝えたい内容かつ他言無用のものと来れば……おおよその見当はつく)
おそらく皇族派と貴族派についての話だろう。
本校舎に入り、長い廊下を真っ直ぐ歩く。
(夜の千刃学院は、また違った表情があるな……)
生徒会室の前に到着し、コンコンと扉をノックすれば、「どうぞ」と会長の声が返ってくる。
ゆっくり扉を開けるとそこには――生徒会長の椅子に座る、シィ=アークストリアの姿があった。
「――こんばんは、アレンくん。早かったわね」
「こんばんは、会長」
「念のための確認なんだけれど……一人、よね?」
「えぇ、もちろんです」
「そう、よかった」
会長は柔らかく微笑み、ホッと安堵の息を吐く。
やはり今回の話は、機密性の高いものらしい。
「立ち話もなんだし、そこ、掛けてくれる?」
「はい」
促されるまま、来客用のソファに腰を下ろす。
「紅茶とコーヒー、どっちがいいかしら?」
「では、紅茶でお願いします」
「りょーかい。お姉さん特製の紅茶を飲めるなんて、アレンくんは幸せ者ねぇ」
「あはは、そうかもしれませんね」
いつものように軽口を交わし合う。
この感じだと、そこまでヘビーな話ではなさそうだ。
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
会長は二人分のティーセットを机に置き、真向かいのソファに腰掛けた。
目の前には湯気を立ち昇らせる、ティーカップ。
せっかく淹れてもらったので、温かいうちにいただくことにした。
「……どう、おいしい?」
「はい。風味が柔らかくて、いくらでも飲めてしまいそうです」
「ふふっ、よかった」
会長は満足気に微笑んだ後、
「さて、と……そろそろ本題に入りましょうか」
真剣な眼差しをこちらへ向けた。
「――ねぇアレンくん、今日のスケジュール変更についてどう思った?」
「まぁ、急な話だなと」
千刃学院の年間スケジュール、その全てを組み替えるなんて、ちょっと……いや、かなり急過ぎる話だ。
「そうよね。普通はそう感じるわよね」
彼女はそう言いながら、机の中をゴソゴソと漁る。
「今回の急激な予定変更、その根底にあるのが――
会長が取り出したのは、分厚い書類の束。そこにはデカデカと『極秘』の朱印が押されており、表題部分にはこう記されてあった。
「『剣王祭の早期開催計画』……?」
「そう、それを実現するために千刃学院を含む全ての剣術学院が、大規模な予定変更を強いられているのよ」
会長はそう言って、話を深めていく。
「今年の三月の終わり頃、聖騎士協会からリーンガード皇国に要請があったの。『来たる世界大戦に備えて、自国の有望な剣士を選定・強化し、戦力増強に努めてほしい』ってね。まぁこういう動きは去年からも見られたし、別にそれほど怪しむべきものじゃないわ」
「そうですね」
聖騎士は昔から優秀な学生剣士の囲い込んでおり、近年になってその傾向は、いっそう顕著に見られる。
例えば、上級聖騎士への登用制度。
俺も活用させてもらったこの制度なんかは、その最たる例だろう。
「ただ……問題は貴族派の不審な行動。ちょっときな臭いのよねぇ……」
「きな臭い?」
俺の問い掛けに対し、会長はコクリと頷く。
「私たち皇族派の提出する法案や方針に対して、いっっっっっつも難癖を付けて反対してきた貴族派の連中たちが、この剣王祭の早期開催案には、何故か全員が全員賛成してきたの。おかしいとは思わない?」
「それは……その判断が国益に沿っているからでは?」
「いいえ、あり得ないわね」
彼女はそう言って、首を横へ振った。
「貴族派の連中は、皇国の利益なんて何も考えてない。この剣王祭早期開催計画が、自分たちの利益になるから、全力でプッシュしているのよ」
……まぁ確かに、パトリオットさんが自国の利益を考えているとは思えないな。
「奴等が何を企んでいるのか、今はまだわからないけれど……。今回の剣王祭、ちょっと臭うわ。全てがスムーズに進み過ぎている。貴族派の連中が、何かを仕掛けてくるかも」
「なる、ほど……」
先日の歓談を経て、俺も貴族派への不信感は持っている。
会長の言う通り、何かしらの悪巧み
「以前にも伝えた通り、貴族派が皇国を支配するための勝利条件は一つ。アレンくんを政治の舞台から排除すること。あなたという存在が、邪魔で邪魔で仕方ないのよ」
「そう、ですか……」
そんなはっきりと「邪魔だ」と言われのは、ちょっと心に刺さるものがあった。
「アレンくんを蚊帳の外にするためならば、きっと手段を選ばないでしょうね。例えば――毒殺。貴族の社会では、最もポピュラーな暗殺手段よ」
「なるほど……でも、自分に毒は利きませんよ?」
未知の毒使いディール=ラインスタッドとの戦いを経て、ほとんど完璧に近い毒耐性を獲得した。
並大抵の毒ならば――特に既存の毒に対しては、無害と言っても過言ではない。
「えっと……例えば、武器のすり替え! 剣王祭本番で剣が
「自分には黒剣があるので、特に問題はないかと……」
ゼオンの闇から生まれる漆黒の剣、これはその場で作るものなので、どうやってもすり替えようがない。
「え、えっと、それじゃ……あの、あれがこーして……それがその……」
会長の声のトーンは徐々に落ちていき、最後には押し黙ってしまった。
「…………アレンくんに危害を加えることは難しそうね」
いろいろなパターンを想定した結果、特に問題となるようなことはなさそうだ。
「と、とにかく! 前にも伝えた通り、貴族派は七聖剣の一人を囲っているから気を付けてね!」
「えぇ、わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
話が一段落したところで、沈黙の時間が訪れる。
「……」
「……」
夜の生徒会室で二人きり――この極めて異常な状況下での沈黙は、微妙に重たく感じた。
(……なんか話を振った方がいいよな)
脳内の会話デッキを探ってみたところ……ちょうどいいものが見つかった。
繋ぎの話題としては、そこそこの実用性があるだろう。
「あの、俺からも一ついいですか?」
「何かしら?」
「昨日、パトリオット=ボルナードという貴族の屋敷にお呼ばれしたんですよ」
「へぇ、ボルナード公爵の屋敷に……って、ボルナード!?」
会長は突然、口にしていた紅茶を噴き出した。
「ちょっ、会長、汚いですよ?」
「ご、ごめんなさ……じゃなくて! どうしてボルナード公爵の屋敷に行ったの!? やっぱり向こうから接触が!? いやそんなことよりも、いったいなんの話をしたの!?」
「別にそんなに大した話はしていませんよ。ただ、『貴族派に入らないか?』って勧誘されただけです」
「それが! あなたの引き抜きが! 皇族派が最も恐れていることなのッ!」
会長は息を荒くしながら、そう
「ま、まぁまぁちょっと落ち着いてください。ほら、紅茶でも飲んで」
「むぅ……っ」
彼女は不満気な表情を浮かべながらも、ひとまず紅茶をズズズッと
「それで? 貴族派の勧誘には、どう答えたの?」
「『論外です』、って言っちゃいました」
「ろ、論外って……随分とはっきり断ったのね」
予想外の結果だったのか、会長は目を丸くして驚いた。
「えぇ、いろいろと話し合った結果、お互いの方向性が違ったんですよね」
「なんかそれ、音楽グループの解散理由みたいね……」
「あはは、確かにそうですね。まぁとにもかくにも、『皇族派か? 貴族派か?』と問われれば、俺は皇族派に近い考え方のようでした」
貴族中心の弱者切り捨て主義。
貴族派の思い描く社会は、俺の理想とするものとは大きく違う。
「ほ、ほんとに? アレンくんは貴族派じゃなくて、皇族派寄り――私たちの味方ってことでいいのね!?」
「はい。それに第一、皇族派には会長もいますしね」
会長には、これまでなんだかんだとお世話になってきた。
日々の生徒会でもそうだし、近いところで言えば、クリスマスパーティのときなんか、も……。
(……ん?)
そこまで考えて、とある違和感を覚えた。
(お世話になってきた……よな?)
よくよく思い返してみれば、俺はそもそも生徒会に入る気はなかった。
会長が我がままを言うので、流れのままに仕方なく入ることになったのだ。
クリスマスパーティのときもそう。
無茶苦茶なカップリングイベントに乗じて、いきなり闇討ちを仕掛けられたっけか。
(これ、本当にお世話になった……か?)
――いや、これ以上考えるのはよそう。
俺は会長にお世話になった。
それでいい。そういうことにしておこう。
世の中には、明らかにしない方がいいこともあるのだ。
俺がそんなことを考えていると、
「……っ」
会長の頬が、何故かほんのりと赤くなっていた。
「ね、ねぇアレンくん……。さっきの、その……『皇族派には会長がいるから』って、どういう意味なのかしら?」
「……? お世話になった会長がいるから、ということですけど?」
まさに読んで字の如く、言葉通りの意味なんだけれど、それがどうかしたのだろうか?
「はぁ……そうよね。アレンくんはそういう人よね……」
「……?」
こうして会長との夜の密会は、なんだかよくわからない空気のままに終わったのだった。
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試し読みは以上です。
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