一:新学年 4
■
午前の過酷な授業を終えた俺・リア・ローズ・クロードさん――二年A組の生徒会メンバーは、定例会議ことお昼ごはんの会に出席するため、生徒会室へ移動していた。
「ふぅ……中々ハードな授業だったな」
「レイアのやつ、久しぶりの授業だからって、ちょっと気合いを入れ過ぎよ……っ」
「正直、あれを『ハードな授業』で済ませられるのは、アレンだけだと思うぞ……」
「ドブ虫め。相変わらず、ふざけた生命力をしているな……っ」
リア・ローズ・クロードさんには、疲労の色が強く見られた。
そんな話をしているうちに生徒会室に到着。コンコンとノックをしてから、ゆっくり部屋の開けるとそこには――信じられない光景が広がっていた。
「リリムは職員会議に提出する
「りょ、了解だぜ……っ」
「え、えーっと……」
会長がテキパキと指示を出し、リリム先輩とティリス先輩が青い顔で動いている。
あまりにも異常な光景を目にした俺は、呆然と立ち尽くしてしまった。
「そ、そんな……っ。
普段はまったくと言っていいほどに働かない会長が、ちょっと難しい話をしたらすぐに頭を爆発させるリリム先輩が、ソファから
(これはまさか……新手の魂装か!?)
精神干渉系の攻撃を受けたのかと思ったけれど……俺の霊力は、まったく乱れていない。
すなわちこれは、現実に起こっている異常事態だ。
「ちょっとアレンくん……? 『先輩方がお仕事を』って、どういう意味かしら?」
「私達だって、仕事ぐらいできらぁ!」
「今のはさすがにちょっと失礼なんですけど……?」
会長たちは口を揃えて、不平の言葉を述べた。
「あはは、すみません。あまりに珍しい光景だったので、つい……」
生徒会業務はもっぱら、副会長の俺がこなしているとはいえ、今のは少し大袈裟に驚き過ぎたかもしれない。
「でも会長、どうしてお昼から生徒会業務を?」
「いったいどういう風の吹き回しだ?」
「何かイレギュラーでもあったのですか?」
リア・ローズ・クロードさんが口々に問い掛け、会長が困り顔でコクリと頷く。
「イレギュラーもイレギュラー、今年度はもう『ぐちゃぐちゃ』なのよ……」
会長は椅子に深く腰掛けたまま、机の上を指さした。
彼女が指さす先には、千刃学院の年間行事予定表が置かれている。
「うわぁ、懐かしいですね」
俺は予定表を手に取り、ザッと流し見ていく。
そこには入学式・大五聖祭・新勧・部費戦争・一年戦争・剣王祭・千刃祭・クリスマスパーティなどなど……俺たちが昨年経験した、様々なイベントが記されていた。
「でも、これがどうかしたんですか?」
今年度の年間行事予定ならば、俺が昨年度末に全て組み終えて、職員会議の承認も取っているはずだ。
「去年アレンくんが組んでくれたそれ……全部変更になっちゃった」
「…………は?」
『全部』とは、いったいどういう意味だ?
頭が一瞬、真っ白になってしまう。
「例えば……剣王祭の一年生枠を決定する『一年戦争』、これは三日後に開かれます」
「三日後ぉ!?」
あまりにも無茶苦茶なスケジュールだったので、思わず声が裏返ってしまった。
「いやいやいや……っ。三日後なんて無理ですよ! というか、大五聖祭はどうなるんですか!?」
「今年度の大五聖祭は中止。その代わり、剣王祭を今月末に開催するらしいわ」
「え、えー……っ」
一年戦争が三日後、大五聖祭は中止、剣王祭は月末開催……。
無茶苦茶というか、ぐちゃちゃだ。
「どうしてそんな荒れたスケジュールになっているんですか?」
「いったい誰が決めたのだ?」
リアとローズの質問に対し、リリム先輩とティリス先輩が答えを返す。
「聖騎士協会の本部から五大国へ――テレシア公国が墜とされちったから、今はもう四大国か。とにかく主要な大国へ、いろんなお達しがあったらしいぜ? なんかよくわかんねーけど、『上からの指令』ってやつだ!」
「剣王祭をいつもより早く開催して、優秀な剣士を
一応の答えを聞いたところで、会長がパチンと指を鳴らす。
「アレンくんたちも来たことだし、作業は一旦ストップ、お昼ごはんにしましょう」
「賛成だぜぃ!」
「お腹ペコペコなんですけど!」
その後、それぞれの席に移動し、いつものようにみんなで昼食をとる。
食事中の話題はもちろん、放課後の生徒会業務についてだ。
「放課後は行事ごとに役割分担して、進めていこうと思っているわ」
会長はそう言いながら、チーム分けを発表していく。
「『一年戦争』はリリムとティリスチーム。まずは当日のスケジュールを組んで、理事長室にいるレイア先生の承認をもらうこと。それが終わったら、一年生の学年掲示板に貼る公示用のポスターを作製。最低でもここまでは、今日中に片付けちゃってちょうだい」
「うへぇ……」
「聞いているだけで、気が重くなってくるんですけど……」
リリム先輩とティリス先輩は、見るからに嫌そうな顔をしている。
「『新歓』はリアさんとローズさんとクロードさんチーム。新勧は学院全体のイベントだから、ちょっぴり大変かもしれないけれど……あなたたちになら任せられるわ。まずは放送部のところに行って、新勧の日程を全校生徒へ連絡してもらえるよう手配。それから各活動団体から不満がでないよう、施設利用権を公平に割り振ってちょうだい」
「わかりました」
「任せてくれ」
「承知しました」
リア・ローズ・クロードさんは、全く問題なさそうだ。
「最後に私とアレンくんは、全体のスケジュールを調整しながら、要所要所で発生するイレギュラーに対処するわ。何かわからないことがあったら、みんな遠慮なく聞きに来てちょうだい」
会長は生徒会を素早く三チームに分け、それぞれに仕事を割り振った。
「なんだか、会長っぽいですね」
「ふふっ、当然じゃない。これからちょっと忙しくなると思うけど、よろしくお願いするわね。副会長さん?」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」
■
午後の魂装の強化を中心とした授業を終え、ようやく迎えた放課後。
こういう忙しい日に限って、問題というのは多発するものだ。
「ちょいちょいちょい! 新歓が一週間後ってどういうことだよ!? こちとらまだ、勧誘ポスターすらできてねぇんだぞ!」
「すみません。生徒会に情報が降りて来たのも今日の今日なので、どうにかご対応いただけると助かります」
在校生のクレームを素早く的確に処理し、
「おいこらてめぇ、どこに目を付けてんだ!?」
「先にガン付けて来たのは、そっちだろうがッ!」
「ちょっと待った。いったいなんの騒ぎですか?」
生徒間で発生した
「アレン、助けてくれ。十八号が熱で倒れてしまった。このままでは理事長の仕事が溜まる一方なんだ……っ」
「先生はちゃんと働いてください」
レイア先生からの救援要請を拒否。
多種多様なトラブルを解決しつつ、みんなで協力して生徒会の仕事を進めていく。
「はぁはぁ……シィ、私はもうここまで、だ……」
「右に同じく、なんですけど……」
リリム先輩とティリス先輩は頻繁に泣き言を漏らし、
「こらこら。後輩たちも頑張ってくれているのに、情けないことを言わないの」
会長が優しく声を掛け、二人を戦列に復帰させる。
「ねぇアレン、放送室ってどこだっけ?」
「アレン、施設利用権の割り振りは、こんな具合で大丈夫だろうか?」
「おいドブ虫、新勧周知用のポスターはどこで印刷すればよいのだ?」
リア・ローズ・クロードさんの質問に対し、
「えーっと、それはだな――」
俺が一つ一つ、丁寧に答えていく。
(……なんか、こういうのもいいよな)
修業に明け暮れる日々も、もちろん素晴らしいのだけれど……。
今のようにみんなで協力して一つの物事に取り組むのも、『青春の一ページ』という感がしてとても楽しかった。
それからしばらくの間は、各班が受け持った仕事を進めていく。
そしてあるとき――キーンコーンカーンコーンとチャイムの音が鳴り響いた。
気付けばもう夜の六時を回っており、窓の外は暗くなりかけている。
「――よし、今日はこの辺りにして、残りの仕事は明日に回しましょう」
会長がパンと手を打ち鳴らすと同時、弛緩した空気が流れ出した。
「ふぅー、肩が凝るわねぇ」
「うむ、修業とはまた違う疲労感だ」
「さすがに少々疲れましたね」
リア・ローズ・クロードさんは、思い思いの方法で体を伸ばし、
「う゛ぁ゛ー、もう限界だぜ……。一ミリも動けん」
「こんなに頭を使ったのは、生まれて初めてなんですけど……っ」
リリム先輩とティリス先輩は、机にグデンと上半身を預けた。
さすがにみんな、疲労
かくいう俺も、今日はさすがにちょっと疲れた。
難しい書類を読み込み、小さい文字を追い続けていたので、目がシパシパしている。
おそらくは眼精疲労というやつだ。
家に帰ったらゆっくり素振りをして、体の疲れを取るとしよう。
「ふぅー……」
椅子から立ち上がり、グーッと体を上に伸ばしていると、
「アレンくん、服が乱れているわよ?」
いつの間にか横に立っていた会長が、俺の服の
「あっ、すみませ……ん?」
それと同時、制服の内ポケットにナニカがスッと入れられた。
「会長……?」
「しーっ」
彼女は人差し指を口に当てながら、器用に左眼でウィンクをする。
どうやらこれは、俺だけに伝えたいことのようだ。
「さて、今日はこれにて解散! みんな本当にお疲れ様、また明日もよろしくね!」
会長の号令で本日の生徒会はお開きとなり、みんなそれぞれの帰路に就いた。
その後、自分たちの寮に帰った俺とリアは、それぞれ手荒いうがいをサッと済ませ、リビングに移動する。
「ねぇアレン、今日の晩御飯は何がいい?」
「うーん、そうだな……。牛とか豚を使った、がっつり系のメニューだと嬉しいかも」
「オッケー、任せてちょうだい」
「いつもありがとな」
そんなやり取りをしつつ、俺はさりげなく自室へ。
きちんと部屋の鍵を閉め、制服の内ポケットを調べてみると……中から、小さく折りたたまれた手紙が出てきた。
(会長って、こういうの好きだよなぁ)
四つ折りにされた手紙を広げるとそこには、会長の可愛らしい丸文字で、こう書かれてあった。
アレンくんへ
今夜二十一時、一人で生徒会室に来てください。
シィ=アークストリア
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