二:落第剣士と剣術学院 7

 その数日後──今日明日と学院が休みのため、俺はさつそく母さんに会いに行くことにした。

 朝たくと朝食はすでに済ませた。後は荷物を持って出発するだけだ。

「──準備よしっと、それじゃ行ってきます」

 寮のげんかん口でそう言うと、ポーラさんが食堂からヌッと顔を出した。

「忘れ物は? せっかく買った土産みやげは、ちゃんと持ってるんだろうね?」

「はい、ばっちりです」

 昨日、てんで買ったせんべいとおかきは、ポーラさんから借りたしきで大事に包んである。

「そうかい。なら気を付けて行くんだよ?」

「はい!」

 俺はペコリと頭を下げ、寮を後にした。ちなみに寮の玄関には、剣武祭の優勝トロフィーが堂々とかざられていて……何というか少しずかしい。

 そうしてポーラさんの寮をった俺は、長いけものみちをひたすら南へ下っていく。

 一時間、二時間、三時間と走れば──目の前にゴザ村が見えてきた。いつもなら軽く十時間はかっていたのに、今日はあっという間に着いた。

「あぁ、なつかしいなぁ……」

 ぽつぽつとまばらに建ったかやぶき屋根の家。その周りには広大な牧草地帯と畑が広がっている。総人口は百人にも満たないとても小さな村だ。

「ここに帰るのも、もう三年ぶりになるのか……」

 時の世界で過ごした十数億年を差し引いたとしても、だいたいそれぐらいになるだろう。

 そうしてぼんやりとゴザ村を見回していると、

「──あんれ! おめぇ、アレンでねぇか!?」

 後ろからみなみなまりのしわがれた声が聞こえた。

 振り返るとそこには──昔、竹馬や手製のめんこで遊んでもらったたけじいの姿があった。

「竹爺! 久しぶりだね!」

「おーこりゃ、しっばらぐ見ねぇうちに大きなったなぁー!」

 この国──リーンガード皇国の南部に位置するゴザ村は、かなり南訛りが強い。

「あはは、そりゃ成長期だからな」

 それからしばらくの間、昔話に花をかせていると、

「おっど! おらなんかと話すより、はようロードルさんとこ行っちゃれ! おめぇさんおらんなってから、やっぱ元気が無ぇんど」

「わかった。それじゃまたね、竹爺」

「うんだ。また後でうちにも顔出してくれっこ! ひっさしぶりに、めんこでもやらんけ?」

「うん、楽しみにしてるよ!」

 そうして竹爺と別れた俺は、ちくのにおいがする道をしばらく歩き──母さんの暮らす家にとうちやくした。

「うわぁ、懐かしいなぁ……」

 三年前──最後に見たときから何にも変わっていない。本当にあのころのままだ。

「──母さん、ただいま!」

 かぎの掛かっていない横引きの古びたとびらをガラガラと開けて、少し大きめの声でそう言うと──家の奥からドタドタと走る音が聞こえてきた。

「あ、アレンかぃ!?」

 なべぶたを持った母さんが、目をキラキラと輝かせて現れた。

 どうやら、ちょうどごはんの仕込みをしていたようだ。

「うん、ただいま!」

「あぁ……もう大きなっちや!」

 彼女は両手を大きく広げ、ギュッと俺をめた。

「えらい久しぶりよってに! 元気しとうや!?」

「うん、この通り元気でやってるよ」

「そらぁ、えがった! ほんれ、立ち話もなんじゃき、早う上がらんね!」

 そうして久しぶりに実家へ帰った俺は、ばんはんの仕込みをしている母さんといろいろな話をした。その後、母さんの手が少し空いたところで、ようやく本題を切り出した。

「……ねぇ、母さん。ちょっと大事な話があるんだけど、聞いてもらってもいいかな?」

「どしたね? 急にそんな改まってさ」

「うん、それがね──」

 それから俺は、今後の進路選択について相談した。せい・魔剣士・千刃学院への進学という三つのせんたくがあること。それぞれを選んだときのメリットとデメリット。そうして現状をあらかた説明し終えると、母さんはひようけしたようにかたすくめた。

「なぁんぞそれは……。改まって『大事な話』言うがら、どったら大きなこつか思ったら……。そんな簡単なこと迷いよるかね?」

「い、いや、これはけっこう難しい問題で──」

「──千刃学院ば行きたかよね?」

「……っ」

 自分の希望も思いも考えも──まだ何も伝えていないこのじようきようで、簡単に言い当てられてしまった。

「なん、で……わかったの?」

「親っこめたらいかんさね。アレンはこーんに小さいこっから、剣ば振るうのが好きやってな。お前さんが千刃学院いうとこ行きたかことなんて、お見通しぬら」

「……そっか」

 それから少しの間、俺が押しだまっていると──母さんは優しくさとすように言った。

「私のことなんかなぁんも気にせんでええよってに。アレンはアレンの人生を生きな。私はそん道をかげながら、ずぅとおうえんしとうや。ただし──私より一秒でもええから後に死ぬんぞ? それが一番の親孝行やきな?」

「……わかった。ありがとう、母さん」

 そうしてお礼を伝えると、彼女はニッと笑った。

「よし、話が終わったぬらご飯にしよって! 今日はあんたの好きやったシチュー、たくさん作ったがぁ!」

 母さんはそう言って、今できたばかりのシチューを木製の皿に注ぐ。ゴロンと大きなイモが入ったシチュー。いつもは俺の誕生日にだけ出る『特別メニュー』だ。

「おいしい、とってもおいしいよ……!」

 十数億年ぶりに食べた母さんのシチューは、言い表しようもないほどにおいしかった。

「そうか、そうか! おかわりもあるよってに、えんりよせんとたくさん食べーよ!」

 そうして特製のシチューをたんのうした後は、母さんがかしてくれた懐かしいかまに入った。風呂ぐらいもう自分で沸かせると言ったけど……。「世話を焼かせるのも、親孝行の一つだ」と言われたら、黙って手を引くしかない。なんというか……小さな子供の頃にもどったみたいで、悪くない気分だ。しかし、それにしても……。

「母さん、としとったなぁ……」

 久しぶりに見た彼女は、ずいぶんとけて見えた。

(今年で五十歳になることを考えたら、別におかしくはないけど……)

 顔の小じわもしらもかなり増えていたし、少し背が縮んだような気もする。

「……千刃学院でたくさんしゆぎようをして、早く立派な剣士にならないとな」

 そうしてたくさん給金をかせいで、母さんに楽な生活をさせてあげなくては。

 そんな決心を新たに、俺は風呂場でつかれを洗い流したのだった。


    ■


 アレンが風呂に入っている頃、彼の母ダリア=ロードルは一人で洗い物を片付けていた。

 水の流れる音と食器が水切り台に置かれる音に交じって、しゃがれたろうの声がひびく。

「──ひょほほっ! このシチュー、中々どうしてうまいのぅ!」

 ダリアがり返れば、しよくたくにはこしの曲がった初老の男──時のせんにんが座っていた。

 いつの間によそったのか、彼の手にはシチューの入った皿とスプーンがにぎられている。

「『ふういん』がゆるんでいたから、もしやとは思っていたけど……。やっぱりあんたのわざかい、時の仙人」

 ダリアはこれまでの南訛りのしやべりをやめ、りゆうちような標準語でそう問いめた。

「いやぁ、それにしても上手にかくしたもんじゃのぅ……。おかげで見つけるのに骨が折れたわい」

「そう。だったら──もう一本ぐらい折っといたら?」

 いつしゆんで時の仙人の後ろをとったダリアは、彼の頭上目掛けてこぶしを振り下ろす。

 しかし、時の仙人は自身をとうめい化することによって、難なくそのいちげきかいした。

 彼女の拳はむなしくも空を切り、木製のじんふんさいする。

「ひょほっ! おー、こわい怖い!」

 ゆうしやくしやくといった様子の時の仙人は、大きなジャガイモをパクっと口にふくむ。

「うむうむ、久しぶりに美味な食事じゃったわい。ではな、またどこかで会おうぞ」

 彼はそう言うと、まるできりのように消えてしまった。

「……ちっ、げやがったか」

 ダリアがいらった様子で大きく舌打ちをすると、

「おい、今の気配って『やつ』じゃねぇのか!?」

 あらあらしく玄関の扉が開かれ、流暢な標準語をあやつる竹爺が飛び込んできた。

おそかったわね。時の仙人ならとっくに逃げたわよ」

「くそ、ということはやはり……!?」

「あぁ。『一億年ボタン』、使われちまったみたいだね……」

「……なんてこった」

 二人の間にちんつうな空気が流れる。

「なぁ、ダリア……。どうして時の仙人は、アレンの存在をそくできたんだ? 封印はかんぺきだったはずだろ?」

「もしかすると、アレンの感情を強くさぶるような事件があったのかもしれないね……。学院では楽しくやってるって手紙に書いてあったから、安心してたんだけど……」

 アレンは学院内でいじめを受けていることを、ダリアに打ち明けたことはなかった。それはもちろん、母親をしんらいしていないというわけではない。じゆんすいに心配を掛けたくないという思いからの行動だった。

「まぁとにかく、時の仙人は何がなんでもじやをするみたいだよ……」

 ダリアは強く拳を握り締めながら、歯を食いしばる。

「だけど、今回ばかりはあんたの思い通りにさせない……」

 その後、竹爺はすぐに自分の家に戻り、ダリアはこわしてしまった椅子を外のゴミ捨て場に持って行ったのだった。

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