二:落第剣士と剣術学院 6

 剣武祭から二日がったある日。

 俺がいつものように校庭でりをしていると、院内放送が鳴った。

「三年B組アレン=ロードルくん、至急校長室まで来てください。繰り返します。三年B組アレン=ロードルくん──」

 なんとなくだけど、いやな予感がした。

(……もしかして、あのうわさのことか?)

 俺がドドリエルとのけつとうに暗器を使った、きような手でだましちをした、という根も葉もないあの噂。もちろんそんなことはしていないが……。俺のことをけむたがっているグラン剣術学院からすれば、そんな事実どうだっていいんだろう。

 もしかしたらドドリエルの家──バートンだんしやく家から、何らかの圧力が掛けられたのかもしれない。

(はぁ……。今回ばかりは退学かもな……)

 校長室へ向かいながら、大きなため息をつく。

(いや、考え方を変えてみよう……。そもそも俺の成績はぶっちぎりの最下位。成績しんを理由に、いつ追い出されてもおかしくない立場だ……)

 ドドリエルとの決闘がなかったとしても、きっとそのうち退学を言いわたされていただろう。それが早いかおそいかというだけの話だ。

(幸いにして、一億年ボタンのおかげでそれなりの力は手に入った)

 剣武祭で優勝できるぐらいの力があれば、地方のせい協会には入れてもらえるだろう。

 聖騎士になれば、それなりの給金が毎月安定して支給される。

 それがあれば、これまで苦労を掛けてきた母さんに楽な暮らしをさせてあげられる。

(そういう道もありかもしれないな……)

 そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に校長室へとうちやくした。

 少し立派なそのとびらをノックした瞬間、勢いよく扉が開かれた。

「──おぉ、やはりアレンくんか! 待っていたよ!」

 えらくじようげんな教頭先生は、俺のかたをポンポンとたたく。

(校長先生だけじゃなく、教頭先生まで……)

 これはもうちがいない。どうやら俺は、今日限りで辞めさせられるようだ。

「おっと、こんなところで立ち話もなんだな! ささっ、どうぞ中へ入ってくれ!」

「……失礼します」

 教頭先生に連れられて中へ入ると、これまたげんの良さそうな校長先生がむかえた。

「おぉ、アレンくん! よく来てくれたね! さぁえんりよせずに座って、ほらちやもあるぞ? 好きなだけ食べるといい!」

「ど、どうも……?」

 か二人とも、ずいぶんと上機嫌な様子だった。

だん俺のことをかつごとく嫌っていたのに、いったいどうしたんだ……?)

 そうして俺が小首をかしげていると、

「実は君にね……すいせん入学の話が来ているんだ!」

 校長先生は鼻息をあらくして、そんな話を切り出した。

「推薦入学……ですか?」

「そう! それもなんと、あの名門『五学院』の一つ──千刃学院からだ!」

 千刃学院──この名前は俺でも知っている。いや、剣士ならば誰もが知っている有名剣術学院の一つだ。

 剣術学院は初等部・中等部・高等部・大学の四つに分けられており、ここグラン剣術学院は満十三歳から満十五歳までの生徒が通う中等部。千刃学院は満十六歳から満十八歳までが通う高等部だ。

「片田舎いなかにある我がグラン剣術学院が、かの五学院への進学者をはいしゆつする──これはとてつもないぎようだよ!」

「何故アレンくんに声が掛かったのかは、わからないが……。この際、手違いだろうがなんだろうが構わない! うちからあの五学院へ進学者を出したという事実が大事なんだ!」

 校長先生と教頭先生は、終始興奮した様子でそう話した。

「本当に、本当によくやってくれたね、アレンくん!」

「さすがは我が校の生徒だ! 立派に務めを果たしてくれたな!」

 二人にがっしりと手と肩をつかまれた俺は、

「は、はぁ……」

 ただただ生返事を返すだけだった。

「いや、それにしてもさすがはアレンくん! 実は最初から、君には期待していたんだよ!」

「そうだ! 君には卒業生代表として答辞を読んでもらおうかな! もちろん、首席合格扱いだよ!」

 それから校長先生と教頭先生は、熱心に俺をめ千切る。

 俺はそんな二人をどこか冷めた目で見ていた。

(これまで散々俺へのいじめを放置してきたくせに……。千刃学院からの推薦入学がきたたんにこの対応か……)

 彼らはどうやら、でも俺を千刃学院へ入れたいようだ。

 多分『はく』のようなものが、このグラン剣術学院に付くのだろう。

 だけど、この推薦入学の権利をどうするかは、俺一人で決めていい問題じゃない。

「──すみません。少し、考えさせてもらえませんか?」

 そうして自分の意思を伝えたその瞬間、

「か、考えるとは、どういう意味かね!?」

「そ、それは……推薦入学をるということかい!?」

 二人は目の色を変えてめ寄ってきた。

「千刃学院に進学するか、聖騎士として働くか、それともけんとしてらいをこなすのか──正直なところ、まだ決めかねています」

 このせんたくは、今後の人生を大きく左右するとても大事なものだ。

「故郷に残して来た母さ──母とも相談する必要がありますし、今ここですぐに答えを出すことはできません」

 やはり一度、母さんとしっかり話してから進路を決めるべきだろう。

「ば、鹿な!? あの千刃学院に行けるチャンスを棒にるというのか!?」

「五学院を卒業すれば、上級聖騎士にだってなれる! かがやかしいキャリアが、君を待っているんだぞ!?」

「……すみません。どうするかは、ここでは決められません」

 その後も二人は俺を千刃学院に送り込もうと熱心に説得を続けた。しかし、俺は決して首を縦には振らなかった。結局、彼らは根負けして「いい返事が聞けることを待っているよ」と口をそろえた。

「……それでは失礼します」

 そうして俺が部屋を後にするとそこには──校長先生たちが呼びつけていたのか、それとも院内放送を聞きつけたのか、とにかく大勢の先生たちが集まっていた。

「アレンくん! 私が見込んだ通り、やはり君には才能がある! どうだい、今からでもうちのしんめいりゆうに入らないか?」

「いやいや! 彼には我がしんくうりゆうが似合っているな。どうだ、アレン? 今なら特別に準はんのポストを用意するよ!」

「ちょっと何を言っているの!? 彼のようなすぐれた剣士には、ふうげつりゆうがふさわしいに決まっているでしょ!?」

 三年前──ちょうど俺が一年生のときに「流派に入れてください」とたのみ込み、取り付く島もなく断った先生たちだ。

 どうやら千刃学院から推薦入学の話が来たことは、もう彼らの間で広まっているらしい。

 普段は俺が剣術の質問をしようものならば、こつに嫌そうな顔で無視をしていたのに……今はだ。

(こういうのを『手のひら返し』って言うんだろうな……)

 この人たちは多分、「うちの流派からあの名門千刃学院への進学者が出た」という宣伝を打つために、熱心にかんゆうしているのだろう。

 つまり、俺をただの客寄せ道具としてしか見ていないというわけだ。

「……すみません、失礼します」

「あっ、ちょっとアレン君!? せめて話だけでも……!」

 それから俺は早足に先生たちの間を通りけ、一人帰路についた。

(はぁ……。とりあえず週末にゴザ村へ帰って、母さんに相談しよう)

 それにしても、今日は人間のきたない部分を見過ぎてしまったような気がする。

 母さんやポーラさんのように温かくて真っ当な人に会って、少し気持ちをじようしたい気分だ。そうして俺は、ひとまずりようへ帰ったのだった。

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